中編〜サザーリア編〜
眠らない街、地上の楽園、世界の終わりまで栄える都市。
言い方は様々だが、そのどれもがとある一つの都市の繁栄を称える言葉だ。
永久中立都市にして世界で最も栄えた都市。
それが俺の知るサザーリアと言う場所だった。
「ようこそ、世界最後の楽園、サザーリアへ!」
じゃじゃーん、とセルフ効果音付きで手をパタパタするアリアの背後に広がるのは、ちらほらと出店の並ぶ小さな街と、そのさらに奥にそびえる、純白のドームだった。
「これが…あのサザーリアか…」
「うーん、そりゃ八十年前とは比べ物にならないだろうけど、これでも世界一の人口密集地なんだよ!」
「世界一、ねぇ…」
俺は、目の前の街を観察する。
八十年前とは比べ物にならない程小さな街だ。
この街の人口は、多く見積もっても一万はいかないだろう。
「ほらほら、行くよクーちゃん! 買い物に情報収集、やることはたくさんあるんだから!」
俺はブンブンと手を振りながら前を行くアリアを追って、サザーリアへと足を踏み入れた。
舗装すらされていない道を歩きながらその街並みを観察する。
瓦礫にまみれた街と、それを有り合わせの材料で補修して生活する者達。
大通りにはちらほらと出店がかまえられているが、そのどれもに活気がない。
すかすかの商品棚と桁を一つ間違えたのではと疑ってしまいそうな値札。そして、瞳から生気をなくした店主。
示し会わせたような光景に少しうんざりとする。
「なにやってるのクーちゃん! 早く! こっちだよー!」
それを思えば、あのアリアの明るさはこの世界では異質なのだろう。
「はぁ…待ってくれアリア」
俺はててててと前を駆けるアリアに声をかけ、その背中を追うのだった。
どうやら人類は滅ぶらしい。
それがここ数日アリアと旅をして思ったことだ。
旅の途中でアリアから聞かされた話が正しいのなら、今この世界の人口は10万人を切っているのだそうだ。
その10万人も半数以上はコールドスリープという、機械を使って深い眠りについているような状態らしく、実際に活動している人間は、多く見積もって三万人程度らしい。
こんなことになってしまった原因こそが、俺が非活性モードに入った後に暴発した、ドライフラワーと呼ばれる生物兵器だった。
名前の由来は、感染者の死後体内で急激に性質を変貌させたウイルスの余りの強力さに、微生物すら死滅するため、死体が腐敗せず、きれいな状態で残されることからつけられた。
感染力が非常に強く、致死率百パーセント。特効薬どころか病の進行を防ぐ薬さえ存在しない。極寒だろうが、炎の中だろうがあらゆる環境に適応し、進化を続ける。
制作者さえ対抗策が思い付かず、故に使用されるはずのなかった、歴史上最悪のウイルス兵器だ。
唯一の救いは開発途中だったためか、感染者が死亡し、ウイルスの性質が変化するまでは即効性は無く、感染から発症まで最低でも十年もの期間が必要であり、発症の数十分前までは全く症状がないためその時までは健康な人と同じように生活できるという点だろうか。
なんにせよ、このウイルスのせいで、人類の絶滅は殆ど決定したのだった。
「それじゃあ、クーちゃんはここで待っててね」
「はいはい」
「きれいなおねーさんがいても付いてっちゃダメだからね」
「行かねぇよ、早く行ってこい」
「はいはーい」
しかし、そんな中でも希望を捨てない、いや、捨てられない人たちというのはいる。
アリアの入っていった『情報、何でも』とかかれた小屋の外で、壁に寄りかかりながら前方にそびえる純白のドームを眺める。
あのドームは完全な無菌室で、中には生物学のスペシャリストとその関係者、そして、一般人では想像もできないほどの大金と引き換えにドームでの生活権を得た富裕層の方々が今でも、ウイルスの特効薬の研究を進めているのだそうだ。
しかし、元々世界中に十二もあった同様のドームも、このサザーリア以外の場所は、様々な理由からウイルスの侵入を許し、そのどれもが八十年という年月の間に地図から消えていった。
きっとこの場所も時間の問題なのだろう。
そう、数千年続いた人類史という盛大な演劇はもうすぐ幕を閉じる。
俺達がいるのはその最後の一幕なのだ。
「お待たせ~」
背後から陽気な声と共にアリアが現れる。
「えらいえらい、ちゃんとお留守番できたね」
アリアがまるで子供にでもするかのように俺の頭を撫でた。
ブチン。
そんな機能などないはずなのに俺の耳には頭の中でなにかが切れる音が確かに聞こえた。
「ん? どうしたの? 私の頭に手なんか置いて…あそっか、クーちゃんも男の子だもんね、一生に一回ぐらいはかわいい女の子の頭を撫で撫でしてみたいんだね、いいよ! その願い私が叶えて…」
「で、お望みの情報とやらは手に入ったのか?」
「…はい、大丈夫です」
俺は頭を抱えうずくまり、涙を浮かべるアリアを見下ろす。
アリアは、ひどいよ、そろそろ本当に中身出ちゃうよ、とかわめいていたが、無視する。
「本当か? 宝物なんて本当にあるのかよ」
正直、こんな終末もいいところな世界に、宝物と呼べる程のものが有るとはとてもではないが思えない。
アリアは、俺のその言葉にピクリと耳を動かすと、不適な笑みを浮かべながら立ち上がる。
「フッフッフ、任せなさい! 最高の品を見せて上げるよ」
アリアは自信満々にそう答える。
「なぁ、その宝ってのは一体なんなんだ?」
「それは実際に見てからのお楽しみって奴だよ!」
ここに至るまで何度と無く俺はアリアに宝物の正体について聞こうとしたが、アリアがそれについて語ることは一度もなかった。
まぁ、俺自身そこまで期待しているわけではない。
気になるには気になるが、別それほど興味があるわけでもない。
ただの暇潰しでアリアに付き合っているだけだ。
しかし、こんなにも勿体ぶって大したものじゃなかったら頭を絞めてやろう。
俺はそう心に決めた。
「さぁクーちゃん、買い物したら出発だよ!」
「ヘイヘイ、何処へともお嬢様」
「お嬢様っ! いい! その響きすごくいい! クーちゃんもう一回! もう一回言って!」
「やだよ、変なこと言ってないで行くぞ」
「え~けち~」
「けちで結構。ほら、早く行くぞ」
その後、俺達は店を回り、値段を見ながらアリアが必要だと言う物品を買いそろえた。
意外だったのが、殆どの店で値引き交渉が出来たことだ。それもかなり大幅にだ。
中にはもとの値段の三割程度の値段まで値引きしてくれる店もあった。
「きっと、皆疲れちゃったんだよ…」
何故こんなにという俺の質問に、そう答えたときのアリアの悲しそうな笑顔はしばらく頭から離れそうにはない。
「食料よ~し! 必要物品よ~し! そんでもって、私のコンディションもよ~し!」
一つ一つ指差し確認をして、最後に自分自身を指差し、あざといポーズを決める。
ねぇ、ねぇ、今のかわいかったでしょ? かわいかったよね?
うるさいのでデコピンで黙らせる。