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09,合戦

 金曜日、午後8時。

 帰宅ラッシュが一段落したとはいえ、きらびやかなネオン街はまだまだこれからが本番で、通りは多くの人と車が行き交っていた。

 通りを歩く人の中にあの父親がいた。彼は思っている。

 あ〜あ〜、今年のボーナスは少なくなるなあー。あーあ、家のローンどうすんだよ? あ〜あ〜・・。

 またいつもの所にやってきて、この先にペットショップがあるのを思い出した。

 娘はあれから、リボンちゃんは帰ってこないの?、とうるさい。自分から出ていったカカオよりやっぱり最初の白い大人しいリボンの方が気に入っていたようだ。

 妻は今度はちゃんとしたペットショップで血統書付きの犬を買おうと娘を慰めたようだが、冗談じゃない、そんなリクエストに応えられるだけのボーナスはもらえそうにない。

 ペットショップのショーウインドウが近づいてきて、失敗した過去を思い出し、見ないようにして通り過ぎようとしたが、

 待てよ、

 と、立ち止まり、疑うような顔つきで三段に並べられたショーケースの中の子犬たちを眺めた。

 子犬を買ったから失敗したんだ、ある程度育った犬なら、体も丈夫になっているだろうし、人気が無くなって値段が下がっているかも知れないぞ? そっちの方がお買い得なんじゃないか?

 そんな掘り出し物がないかな、と、探るように店内を見回した。


 大都会の真ん中を、

 巨大な犬が十数頭の犬を引き連れて、どうどうと歩いていた。

 驚き道をあけた人々は恐る恐るその後ろ姿を追い、「バスカヴィル?」と口々に確かめ合った。

 どうやってこんなビルの林立する都会に入り込んだ?

 都会にも意外にまとまった緑が多い。大きな緑から緑へ、夜の闇を渡り歩き、あるいは人の目をかいくぐり、建物の隙間に、ビルの緑化の植え込みの陰に、彼らは巧みに都会の盲点をついて中心部に入り込んだのだ。

 巨大な犬が現れても都会の人たちはクールにやり過ごし、あるいは遠巻きに追いかけ、携帯のカメラに撮り、自分が一番乗りだとネットに動画を流した。

 静かな騒ぎの中、慌てたお巡りさんたちが駆けてきた。

 道を開けてください、近づかないでください。

 しかしさすがにここで発砲するわけにもいかず、まるで自分たちも子分になったようにそろそろと後をつけて歩いた。

 一見ずいぶん間抜けに見えるが、犬たちがここにこの時刻現れることは情報により予告されていた。

 バスカヴィルがピクリと立ち止まり、探るように顔を巡らせたので警官たちは及び腰に後ずさった。

 バスカヴィルは広い範囲で自分たちが包囲されているのに気づいた。

 要所要所に車で乗り付け、降り立ち、こちらに急速に迫ってきている。

 ガルルルルルル・・、バスカヴィルは静かにうなった。

 犬たちだ。本来自分たちの仲間であるはずの犬が、人間に従い、人間を連れてこちらに向かってくる。

 警察犬、及び動物愛護団体が呼びかけ集めた信頼の置ける訓練された犬たちだった。

 人間たちの姑息な戦略にバスカヴィルは怒りの青い光を強くした。

 背後にわっと何百という青い炎が浮かんだ。

 人間たちはわっと驚き、感嘆した。

 ネオンきらめくビルの渓谷に、それはなんとも幻想的な光景だった。

 しかし、

「ワオオーーーーーーーーンン」

 バスカヴィルが細長い体を反らして遠吠えを発すると、後ろに従う生身の犬たちがパッと散り、走り出した。犬たちは人の群れに駆け込み、力強いフットワークで慌てて惑う人間たちの脚をかいくぐり、突然、飛び上がると、若者の一人に襲いかかった。

 まったく予期せぬ攻撃に、野次馬を決め込んで騒動を楽しんでいた若者は、突然すぎて訳も分からずとっさに身を守り、その腕にガブリと噛みつかれてようやくすごい悲鳴を上げた。

 一気にパニックが爆発した。人々は悲鳴を上げていっせいに走り出し、ぶつかり合い、壁に突き飛ばされ、転び、踏みつけられた。お巡りさんは落ち着いてくださいと方向を指示するが、誰も聞かない。

 逃げまどう群衆の中、あちらでもこちらでも、犬に襲われた者が悲鳴を上げて暴れ回った。パニックは膨れ上がる一方だった。

 最初に噛みつかれた若者は衣服をぼろぼろに噛み千切られ、なす術なく地面に頭を抱えて固まったところを、間近に「ガウガルルルル」と物凄い鼻息でうなられ、無抵抗なところを執拗に鋭い爪で引っ掻かれた。

 彼は自分が空き缶を投げつけた野良犬のことを思い出していた。2度3度と投げつけて、笑ってやったっけ。

 バスカヴィルに従う犬たちは恐ろしく鼻が利いた。その者に虐められた犬が放った怯えた汗の臭いを、それが既に時間をおいた過去だろうと、決して見逃さずに嗅ぎ取った。

 警棒を振り回すお巡りさんが駆けつけて、ようやく犬は若者から離れた。しかしすぐに次のターゲットに向かう。自身鼻が利くだけでなく、同胞の鬼火たちが、ここにもいるぞ、とその頭上で教えている。

 犬は、その人間に襲いかかった。

 お巡りさんに助け起こされた若者は、顔面を蒼白に、ブルブル震えるばかりだった。


 人間の側からも防衛部隊が出動してきた。

 プロテクターをまとい、強化プラスチックのシールドと長い警棒を携えた機動警官隊だ。

 隊員は人々を守りつつ建物の中に誘導していく。

 襲われている人の所へ駆けつけ、犬を追い払った。しかし、すると、

 青い鬼火たちが機動隊員たちを襲った。

 鬼火は全身を包み込み、シールドを立てようが警棒を振り回そうがまったく甲斐なく、低温で蒸し、呼吸を奪った。

 鬼火に襲われ気絶する隊員が続出した。

 そして。


 街中に散った犬たちは、それぞれ鬼火を率い、所期の目的であった深夜営業のペットショップの襲撃を開始した。

 陳列棚の犬猫たちが興奮して大騒ぎする中、店員店主たちは必死で入り口にバリケードを築いたが、犬たちは物凄い勢いで突進し、前足でガラスを突き破り、バリケードを突き飛ばして店内に侵入した。

 店主たちは悲鳴を上げて裏口から逃れようとしたが、なだれ込んできた鬼火たちに巻かれ、悲鳴を上げることも出来ずもがき苦しんだ。

 リーダーの犬は歯茎を見せてうなり、最後のとどめを刺すのを待っている。


 パニックはあちらこちらへ拡散して、それぞれに恐怖の悲鳴を上げさせている。

 情勢はバスカヴィル軍団の一方的な優位に進んでいる。

 広がるパニックの中央で、将軍バスカヴィルは堂々たる巨体で仁王立ちしている。


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