03,変死
9月。近畿地方の山中。ここに犬の繁殖場を経営する男が死んでいるのが見つかった。
その繁殖場というのは劣悪な飼育環境が問題視され、動物愛護団体としばしトラブルになっていた施設だ。
経営者の男は犬たちの檻が積み重なる前で、黄色い泥の中に顔を突っ込んで、うつぶせで死んでいた。その服装からここで作業をしているときに何らかのトラブルに遭って死亡したものと見える。発見したのは皮肉なことに抗議にやってきた動物愛護団体のメンバーたちで、発見したのは午前10時。死亡したのは前日の午後2時から3時の間と見られる。死んだ男は基本的に一人でここを経営し、死んだ時点で20頭の成獣と50頭の幼獣を飼育していた。
問題なのは死体の状態だった。
男はナイロンのウインドブレーカーを着ていたが、それが少し溶けていた。
遺体を裸にしてみると、全身に低温火傷を負っていた。冬場携帯カイロを長時間直接肌にくっつけたままにしていると肌が赤く焼けてしまう、そのもう少し程度のひどいものだったが、これは直接の死因ではない。
死因は窒息だった。首を絞められたわけでなく、首には、自ら引っ掻いた痕があった。おそらく苦しみ悶えて喉を押さえたのだろう。窒息の具体的な原因は一酸化炭素中毒だった。今問題になっている、密閉空間で練炭を炊き、不完全燃焼を起こして一酸化炭素を充満させ、自殺をする、あれだ。しかし問題なのは、そこは屋外で、地形的にも通常一酸化炭素が濃く滞留するような条件にはない。地面に残る足跡から見て死亡したのがここであるのもほぼ間違いない。
低温火傷と窒息を合わせて考えると、
男性は、低温の炎に全身を包まれ、低温の炎によって一酸化炭素が発生し、それに邪魔されて酸素を吸入できず、中毒を起こして、死亡した、と思われる。
現場で死体の周りには広範囲に渡ってめちゃくちゃに男の足跡がついていた。それだけ長く呼吸困難で苦しんだということだろう。どうしてそういうことになったのか? 男の他には発見者である動物愛護団体のメンバーの足跡があるだけだった。
事故か、事件か?
真っ先に疑われたのは発見者であり、それまでたびたび死亡した男性とトラブルを起こしていたメンバーたちだった。動物保護、自然保護を称する団体には過激な手段に走る者たちも多くいるようだから。
メンバーたちは全面的に否定したし、そもそも事件とも断定できない。
結局変死というだけで、事件なのか事故なのか、謎のままなかば放置された。
しかし。
その数日後、同じような変死事件がさほど離れていない土地の、一般住宅の中で起こった。
同じく全身を低温火傷し、窒息死していたのだ。
この死んだ男性も、動物愛護団体とたびたびもめている問題のあるペットショップの経営者だった。
死亡時刻はしぼられている。
男性は近所にあるペットショップで店の仕事をし、1時から家に昼食を食べに帰っている。いつもなら30分くらいで戻ってくるところ、2時を回っても店に戻らず、店員が家に様子を見に行くと、呼びかけても応答はなく、玄関のドアは鍵が開いていて、ドアを開いてみたところ、玄関に男性が倒れて死んでいた。
男性も長い時間苦しんだひどい死に顔をしていた。
警察が来て調べたところ、食べ残しの昼食があり、昼食の最中に変事に襲われたらしい。食事をしていた居間は物が落ち、倒れ、ここから外へ逃れようと玄関まで来て、力尽きたのか、それとも先へ進めない何か邪魔があったのか、とにかくここで死んだ。
鑑識の見る死体の状態及び普段の習慣から、死亡したのは1時5分から30分までの間と見られた。
その間の25分、前の変死事件で疑われた動物愛護団体のメンバーのアリバイが調べられたが、全員にアリバイがあった。団体の他のメンバーも調べられたが、おおむねアリバイが成立した。いや他の団体と協力して・・と疑えばきりがないが、では問題はやはり、
どうやって殺したか?、だ。
男性の衣服にも、居間や廊下の壁にも、低温の炎であぶられたとおぼしいすすが付着していた。
成分を分析すると、そこに、
リンの名残が見つかった。
リン。
動物の骨に含まれる、しばしば「人魂」の正体と言われる可燃物だ。
男性の家族は妻と二人の子がいたが、妻も仕事に出かけ、二人の子供もそれぞれ小学校と幼稚園に通っていた。
死亡推定時刻及び前後に何か変わったことがなかったか近所に聞き込みが行われたが、留守の家が多く、これといった情報は得られなかった。
事件はまた、謎のままである。
謎の解明につながるのかどうか、警察ははなはだ疑問に思う情報がちまたで話題になった。
夜、ドライブデートしていたカップルが、町から山に向かって大量の火の玉=鬼火が、飛んでいく・・というか、走っていくのを目撃したというのだ。
大量の鬼火の目撃情報は他にも多数報告され、地元のテレビやラジオや新聞で、話題となった。
はたして二つの変死事件と関連はあるのだろうか?