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10,狼

 周囲から包囲を詰めてきた警察犬たちとそのパートナーの人間たちが、ようやくそれぞれの敵と遭遇した。

 訓練された犬たちは人間の命令に従い人間を襲う犬たちに襲いかかった。

 動員された犬はいずれも屈強な大型犬中型犬たちだった。軍団の犬たちと取っ組み合い、牙を剥きだした口で牽制し合い、隙あらばと殴り合った。

 熾烈を極める犬同士の闘いの一方、鬼火たちは人間に襲いかかろうとしたが、どうしたわけか直前で針にでも触れたように引き返した。遠巻きにしながら近づけない。人間はこの隙にと倒れた人を助け上げた。鬼火が巻いている人も、救助の人間が近づくと鬼火たちは恐れて離れた。

 激しく続く犬たちの闘い。

「大丈夫ですか?」

 と救助員がけが人に声をかけていると、

 巨大な影がのしかかるように迫ってきて、ハッと気づく人間の頭を殴り飛ばした。人間はひとたまりもなく気絶した。

 バスカヴィルだった。

「ガウウッ、ガウッ」

 バスカヴィルは犬たちに怒りの咆哮を浴びせた。手下の犬はビクッと身を引き、

 ウウー・・と牙を剥く人間の犬も、

「ガルルルルルルル」

 巨大にして怒りに充ちたバスカヴィルに睨み付けられて、闘争心を吹き飛ばされ、クンクン、と服従の意思を表した。

 バスカヴィルは身を翻し、次の戦場に向かった。


 紅倉は、登場は、まだか!?



 一方芙蓉は、

 それから遡ること朝の7時から、

 埼玉県秩父は両見山から両神山に至る尾根伝いの山道をひたすら歩いていた。

 ここは霊峰両神山は御獄(みたけ)神社に参る古い参道で、修験者が修行に使っていた、一般参拝者にはあまりに過酷な道である。

 一日がかりと教えられたが、まさにその通りだった。距離も長いが、巨大な石の固まりである山道は、足に厳しく、疲労が激しい。危険な岩場も多い。

 登る芙蓉は、まさに修験者だった。

 御獄神社に神の助力を頼みに行く。

 命がけの道だが、これには、先生の命もかかっている。

 早朝出かける前にあの寝ぼすけの先生がぱっちり目の開いた真剣な顔でくれぐれも気を付けてと送り出してくれた。

 今夜、強敵と勝負を決するという。

 先生は犬が大の苦手なのだ。それでなくても相手は、強い。

 神の力が要るとここに芙蓉を送り出したのだ。それ無しでは勝てないと。

 紅倉が頼る神。

 祭られる神もそうだが、特にここを頼ったのは、その御眷属・・一族というかご家来衆というか、それが、

 山犬様だからだ。

 この山犬様をなんとか御味方にお迎えできないかと、わざわざこうして険しい修験道を登ってきているのだ。

 芙蓉は山登りは素人だ。天性の運動神経を頼りにやってきたが、思った以上に平地を歩くのとは感覚が違う。昼を回っても目指す道のりの半分も越せず、これは拙いぞと、本気で焦った。目指す両神山は更に険しく厳しいのだ。

 そうして焦って歩いていると、どこからか、2匹の柴犬が現れた。芙蓉の前と後ろに立ち、まるで道案内してくれているようだ。前の一頭が正しい足の置き場を示し、後ろの一頭が芙蓉が誤った位置に足を運ぼうとすると「ワンッ」と吠えて警告してくれた。

 芙蓉は二匹を犬神様の使いと信じ、心と体を励まして先を急いだ。

 しかし日没に間に合わず、最後は鎖を掴んで登る危険な岩場をヘッドランプを頼りに登らなければならなかった。

 ようやく登り切り、神社の鳥居をくぐったのはもう8時になろうという頃だった。

 道案内してくれた犬たちはいつの間にやら消えていた。

 社を守る狛犬がやけにスマートだった。イヌより狐に近い。

 時間がない。芙蓉は三礼して柏手を打ち、祭られる神に祈った。

 どうかお力をお貸しください。

 どうか先生をお助けください。

 どうか荒ぶる犬たちの魂をお鎮めください。

 芙蓉は背後に気配を感じ、そっと後ろを振り返った。

 8匹の白い狼が整列していた。

 鋭い目つき、牙は、狼の物だが、よく見知っているオオカミの姿とはだいぶ違う。横が狭く、すっきりしている。顔つきもハイエナなんかに近い感じだ。オオカミほどの洗練された攻撃性は感じず、むしろ家庭的な平和な感じがする。

 山犬。つまり絶滅したニホンオオカミの姿なのだろう。

 夜の闇に浮かび上がる真っ白な姿はこの世のものではない。

『女の足でよくここまで登ってきたな』

 頭の中に直接聞こえる聞こえ方に芙蓉は慣れている。

「皆さんがこの山に住む山犬様たちですか?」

『いかにもそうである』

 いかにも偉そうに言う言い方も、なんとなく愛嬌がある。

「お願いです、どうかわたくしの願いを聞いてください」

『そなたの願いは承知しておる。下界の騒ぎも承知しておったが放っておいた。しかし頼られたからには力を貸さねばなるまい。助けてやるぞ』

「ありがとうございます」

 芙蓉はそのとっても分かりやすい返事にほっとして感謝した。

『それではその者に案内してもらおう』

 芙蓉の肩から小さな白い光の玉が浮き上がった。

 八匹の白狼たちも二周りほど大きい白い光の玉に変じると、小さな玉の後について空を飛んでいった。遠くの宝石のような光を目指して。

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