8話 闇の中の星
日が暮れ始め子供達が家に帰って行く中、師範は明日にでも結婚させようと、しつこく説得を続けたが、スピックは「うん」と言わない・・段々、頭に血が上って来るのをグッと堪える・・・
「・・お前、頑固だな・・本当は、結婚したくねぇんだろ!」
「するよ!チャンピオンになったら!」
「本当だな!」
「うん!」
笑顔で応えるスピックに師範は諦めたのか一息付くと、マリアを睨み付け
「安心しろマリア!チャンピオンになったら、結婚してくれるってよっ!」
「はぁ?ワケ分かんないんだけど!」
呆れるマリアにクリスが
「大丈夫だよ、姉さん!あの男なら、すぐチャンピオンなるよ!」
「何が大丈夫なのよ!って言うか、あんたの方が大丈夫なの!引退して、強いのだけが取り柄なのに・・」
「しょうがないさ!俺は一度でも負けたら引退するって決めてたし、到底敵わない相手を前に、やる気が無くなった・・」
「ふーん・・あの男って、そんな強かったんだ・・・」
ようやくスピックの強さを認めたのか、スピックを近くに呼び寄せ
「あんたって、本当に強かった見たいね」
「へへへ~っ!」
得意げに微笑むスピックにクリスは
「今まで何をしてたんです?あれ程の剣の腕があれば、既にチャンピオンになっててもおかしくないのに・・・」
「俺、傭兵をしてた!」
それを聞いたマリアが
「傭兵って、あんた戦場に居たの?」
「うん!」
「じゃあ、人を殺したの?」
「殺した。いっぱい!」
「いっぱいって・・平気なの・」
「平気さ!」
っと笑顔で応えたスピックは
「俺は、赤ん坊の時にとっつぁんに拾われ、戦場で育ったんだ。戦場では、負ければ死ぬだけ、仲間が死ぬを見て来たし俺もいつか戦場で死ぬと思ってたけど、とっつぁんが『お前は剣の腕は立つが、バカだから戦場には向かねぇ、剣闘士になれ!』って言われて、この街に来たんだ!」
「そ、そう・・」
マリアはスピックの境遇に、ただ頷く事しか出来なかった・・
「戦場で身に付けた剣か・・・」
クリスがスピックの強さに納得し、師範が溜め息をもらすと小僧が
「スピックさんが強かったから、生き残れたんですね!」
「俺は無敵だからな!」
「聖剣が抜けたのもスピックさんの強さを知っての事だったんだ・・」
小僧の言葉を聞いた師範が驚き
「聖剣を抜いたって、武器屋のじじいが持ってる聖剣か?」
「そうですよ!スピックさんが聖剣を抜いて店主も驚いてました!」
と布を広げ、持っている聖剣を師範に見せる。
「おぉ!その剣だ!若い時から何度も試したが一度も抜けなかった・・」
師範はスピックに
「ちょっと抜いて見てくれ」
「いいけど!」
聖剣を手にしたスピックは、軽々と聖剣を抜くと、クルクルっと剣を回して『カシャーン!』と鞘に納める。
「おぉ!」
師範は、驚きの眼差しでスピックを見詰め
「俺にも貸してくれ!」
と抜こうとしても抜けない・・クリスも試したが、やっぱり抜けなかった・・・
『この剣には、本当に意思が宿ってるのか・・』
手品のような不思議な出来事を目の当たりにした師範は、背中にゾワゾワするような恐怖を感じスピックを見詰めたが、平然と微笑んでいる様子にブルブルっと寒気がした・・
『この男は、本当にバカなのかも・・』
すっかり日が暮れ、辺りも暗くなり小僧が
「スピックさん!僕、そろそろ帰って良いですか?」
「うん!今日はありがとう!」
「僕の方こそ、ありがとうございました!それじゃあ皆さん、さようなら!」
小僧が帰って行くとマリアが
「あんたも行ったら!」
とスピックに帰るように催促すると師範が透かさず
「ウチに泊まってけ!」
「何言ってんのよ!」
目くじらを立てるマリアにスピックは
「俺、ここに泊まってく!宿代出すから財布くれ」
すると、マリアが渋々懐から巾着袋を取り出し、それを見た師範
「何だお前!口では結婚するのを嫌がっといて、ちゃっかり財布の紐握ってんじゃねぇか!」
顔をしかめるマリア・・・
「こ・これは・・成り行きで持ってるだけよ!」
師範はマリアの言葉を笑い飛ばし
「宿代なんか要らねぇー!コイツは、俺の道場から剣闘士になるんだからよー!」
と言って、スピックの肩を組み
「まずは、地区チャンピオンだ!」
「分かった!」
2人は家に向かって歩き出す
「地区チャンピオンは全部で5人居てな、コイツ等を倒して、やっと統一チャンピオンと闘えるんだぞ!」
「そうなんだ!」
「そして、この統一チャンピオンって奴が化物見てぇに強くてよぉ!全身真っ黒の鎧を着て30年間負け知らず、何人もの地区チャンピオンを葬ってんだ!コイツを倒さなきゃ統一チャンピオンになれねぇぞ!どうだ、行けるか!」
「やって見なきゃ分かんねぇけど、そいつとヤるのが楽しみだ!」
「そうか!」
スピックの頼もしい言葉に師範は上機嫌になっていた。
「お前!酒は、どうだ?いける口か!」
「飲んだ事無いけど、俺は無敵だ!」
「そいつはいい!今夜は旨い酒が飲めるぞー!」
「おーい!母ちゃん!食いモンと酒!ジャンジャン持って来てくれーっ!」
と、ご機嫌で家に入って行く・・
マリアは、そんな2人を眺めて溜め息を付き、クリスは聖剣を抜こうと何度も力を込めていたが、抜けずに溜め息を付いていた・・・
辺りは、すっかり暗闇に包まれ、静かな夜空に満月が輝いている・・・
そんな静かな夜空の向こうで、赤い龍が飛んで行く・・赤い龍が狂った様に満月に向かって飛んで行き、多くの人が驚きの表情で夜空を見上げ、これから何か不吉な事が起こる前兆では・・不安と恐怖を感じていたのであった・・・
(終わり)