1話 雨のち晴れ
今にも雨が降りそうな空に眉をひそめ、荷馬車の手綱を握る男・・・
荷馬車の後ろでは、1人の青年が退屈そうに、穴の空いた靴をブラブラさせていた・・・
ポツリ、ポツリと雨が降り出すと御者が青年に
「旦那!この板で凌いで下され」
とボロボロの板を差し出す
「大丈夫!俺、濡れるの平気なんで」
にこやかに断ると青年は、雨が頬に伝わる感触に目を閉じ、空を見上げると、記憶の中に意識が入って行くのを感じた・・
・・どしゃ降りの雨の中、剣を手に突っ走り、3人の兵士に斬り掛かると横から襲って来た1人を返り討ちにした。
『おい、スピック!先に進み過ぎだぞ!下がれ!』
スピックは、後ろから怒鳴る声に足を止め
『とっつぁんが遅いんだよぉ!』
『バカやろーっ!早けれりゃあ良いってもんじゃねぇ!早く下がれ!』
怒鳴る声に舌打ちしながら、後ろから来た兵士達を見送るスピック・・
『とっつぁん!モタモタしてたら、他の奴等に大将首取られちまうよ!』
大将の居る場所を見詰め、苛つきながら待っていたが、見詰める先の兵士達が、突然、姿を消した・・
『ん?』
前方の異変を感じると、とっつぁんが追い付いて来て
『落とし穴だ!何かあると思ったぜ!』
と言った時、脇の森から大軍が姿を現す!
『こいつは・・退却だな・・』
とっつぁんがそう呟くと、遠くから退却命令の声が聞こえ、スピックは泥濘に足を取られ、泥を被りながらも後ろから来る敵兵を斬り捨て、返り血と雨でズブ濡れになり陣営に逃げ帰っる・・
『スピック!血と泥は綺麗に落としとけ!後で痒くなるぞ!』
『分かってる・・』
どしゃ降りの雨に体を晒し、血と泥を洗い流す・・
「チキショー!やっちまった!」
荷馬車の車輪が泥濘にはまり、御者が声を上げ、スピックが目を開いた。
「俺に任せときな!」
素早く飛び降り、泥濘に石を詰め馬車を押し上げる。
「すまない・・旦那にそんな事させちまって・・」
「このくらい平気さ!」
笑顔で馬車に飛び乗り、手の泥を雨で洗い流す・・・
『スピック!こっち来て乾かしな!』
とっつぁんが、岩影の焚き火からスピックを呼び込む
『お前!あのまま突っ込んでたら死んでたぞ!俺の側を離れるなって言ったろ!』
スピックが苦笑いを浮かべると、とっつぁんは小声で
『いいか、この戦は負けるから無理するな!所詮、俺達は傭兵だぞ・・』
と言った2日後、とっつぁんの言った通り全面降伏して、傭兵の俺達は、お払い箱となった・・
『とっつぁん!次は、何処で戦うんだ!』
『そうだなぁ・・南のナバルにでも行くか・・』
『ナバル・・初めて行く所だな・・』
すると、とっつぁんは眉をひそめ、スピックを睨み付ける・・
『スピック・・前に言った事覚えてるか・・・』
『何を?』
『いつまで傭兵を続けるか考えとけって言った事だ!』
『それなら、ずっと傭兵で居るつもりだけど・・』
『バカやろーっ!ちゃんと考えたのか!』
『考えたさっ!俺は傭兵しかできねぇし、他にする事ねぇもん!』
『剣闘士になれって言ったろ!』
『剣闘士?そんな事言ってた?』
とっつぁんは呆れて溜め息を付いた・・
『いいか!バカ見てえに突っ込んで、死んでいった奴等を腐る程見て来たろ!お前は、剣の腕は立つがバカだから戦場には向かねぇ!剣闘士になれって言ったよな!』
『そう言えば、そんなこと言ってた!』
スピックは何となく思い出したが
『でも俺、産まれてからずっと戦場で生きて来てんだし、今さら向かねぇって言われてもな・・』
『俺が面倒見てやってたから、生きてんだ!でなきゃ、とっくに死んでる!』
『そりゃ、そうだけど・・』
『それに、お前は戦場しか知らねぇ!まだ若いんだから他の世界も見て来い!』
『う~ん』
考え込むスピックにとっつあんは
『いいか!戦場ってのは地獄みてぇなモンだ!お前はその地獄しか知らねぇ!平和な街の賑やかな暮らしを見たら、もっと早く来れば良かったって後悔するはずだ!それに、お前の腕なら絶対チャンピオンになれる!俺が保証するからウダウダ考えてないで行って来い!』
『分かったよ・・行けばいいんだろ・・』
スピックがそう応えると、とっつぁんはニコやかに微笑み
『そうか!行く気になったか!』
ドカッとその場に座り込み、スピックを近くに呼び寄せると、懐から巾着袋を取り出した。
『街で暮らすには金がねぇと話にならねぇ!コイツを持ってきなっ!』
受け取った巾着袋の中を見ると金貨がたっぷり
『すげぇ、金貨だ!』
『その金貨は、ただの金貨じゃねぇぞ!ガナッシュ金貨と言って、その辺の金貨の10倍は価値がある。お前が今まで傭兵で稼いだ分に俺の餞別を加えといてやった!』
『とっつぁん・・』
ケチのとっつぁんが、大金をくれるとは思いもよらなかった・・
『街の奴等は人を見た目で判断するからな!街に着いたら、まず靴を買え!ピカピカのいい靴を買うんだ!そして、高くて流行りの服もだ!分かったな!』
『うん!分かった』
『それと人には優しく、常にニコニコしていろ!特に女の子にはな!』
『分かった!』
『よし!』
とっつぁんは、スピックの髪の毛をグシャグシャっと撫で立ち上がると
『お前には、新しい世界が待っている!』
と言ってスピックの剣を取り上げ
『剣も新しいのを買え!』
と歩き出した・・
『で、とっつぁん!俺、何処の街へ行けばいいんだ?』
スピックが尋ねると、とっつぁんは立ち止り、背を向けたまま
『そうだなぁ・・サルタン共和国のタバコスに行け!あそこは剣闘が盛んだし、いい街だ・・』
『タバコスだな!』
『そこで剣闘士のチャンピオンになって、いい女を見付けて所帯を持つんだ!』
そう言って、とっつぁんは振り返る事なく、片手をチョイと上げると
『幸せにになるんだぞ・・』
歩いて行った・・
『とっつぁん・・』
「旦那!もう着きますぜ!あの橋を渡ったらタバコスです」
御者の声で橋に目を向けると、雨も上がり、雲の間から射し込む光が街を照らし、虹が掛かっていた。
その虹をくぐるように荷馬車はゆっくりと走って行く・・・