十斬
何処かの海域……
その海域を怪しげな船が航行していた。幽霊船、海賊船、どうとでも呼べそうな外装のその船の甲板上にフードを深く被った怪しげな黒い装束の人間がいた。
見るからに怪しい姿、2本の刀を腰に携行しているその人間は遥か遠くに見える陸地を見つめていた。
不気味でしかない姿の黒装束の人間、その人間のもとへ1人の女が近づいてくる。
軍服にも思える意匠の服に身を包む黒髪の女、黒装束の人間のように腰に刀を1本携えており、女は敬礼すると得体の知れないこの者に何かを話していく。
「ご報告します、主様。例の男が雲禰村近くで確認されたとの連絡が届きました」
「あの男か……介入の時期としては十分だな」
「数日前に都市部で発生した問題……《鮮血団》という組織との戦闘を行ったとされる《天獄》は介入しないと思われていましたがまさかその1人である例の男が別働隊となっていたとは思いもしませんでした」
「ふっ、キミはそう思っていたのか」
「その言い方……もしかして主様はあの男の介入を予測しておられたのですか?」
愚問だな、と女に主様と呼ばれた者は遠くを眺めながら言うと続けてそう思うに至った理由を語っていく。
「彼には私と同じ妖刀の気を感知する力が秘められている。となれば日本のために動くアレは彼をこちらに回す他ない。そうしなければ未だに大きな情報を得られていない謎多き私たちの行動を止められないだろう」
「アレ、というのは《一条》ですか?」
「そうだ。アレは十神アルトだけでなく日本を上手く動かしていた《十家》の制度の破壊を成し遂げた立役者。真の功績者は姫神ヒロムだが、その姫神ヒロムを動かしたのはアレをまとめる一条カズキだからな」
「その一条カズキがあの男を差し向けた、と?」
「理由としては納得のいくものだ。彼は先日の犯罪組織の殲滅作戦に参加して刀が壊れてしまっている。彼の参加した作戦の指揮は《一条》の配下のものにあった……となれば見返りに彼が新たな妖刀を要求し、それに応じるために私たちの始末を兼ねた妖刀探しを提言したのだろう」
「頭のキレる男ですね、一条カズキは。やはり早々に始末した方が……」
「私たちが警戒すべきは《一条》でも当主の一条カズキでもない。真に警戒すべきは彼を仲間として従えるだけのカリスマ性と一条カズキに信頼されるだけの強さを持った姫神ヒロムだ」
「あの男に能力は無いのでは?」
「確かに能力と明確に定義が可能な力は無い。だが姫神ヒロムには現代においては唯一と言えるほどのものを宿している。鬼月真助を手懐けるだけの高い実力を持ち、そしてこれまで数々の敵をその手で倒していることは間違いないことだ」
「どうされるおつもりですか?」
手は打ってある、と黒い装束の者は女に一言返すと指を鳴らし、指が鳴らされたと同時に遠く離れた陸地の方で怪しい光が天に昇る光景が確認される。
怪しい光は花火のように爆発して散り、それを黒い装束の者と見ていた女は少し慌てたような顔を見せる。
「今の光……《飛幽》が何者かに破壊されたのですか!?」
「いいや、今のは矢如月の死による自壊だ。殺したのは……鬼月真助だろうな」
「そんな……。矢如月は特殊部隊での訓練と高い実績を持っている戦士です。そんな彼が殺されるなんて……」
「矢如月は身体能力的には高いかもしれないが、妖刀が無ければ能力を持たない人間だ。姫神ヒロムのような規格外でなければ鬼月真助に身体能力だけで勝つなど不可能だということだ」
「……どうされますか?」
「ふむ、船を陸地に近づけようか……私たちの計画のために動きを見せるとしよう」
******
矢如月を倒すも目の前で妖刀共々消えるのを目撃した真助は戦闘を行った地点から早々に離れるようにして目的地の彼岸村に向けて走っていた。
矢如月と遭遇する前は呑気に歩いていた真助だが、矢如月との遭遇で飲んきに歩いていられなくなったらしく駆ける足を止めようとせずに走り続けていた。
「最悪の事態……を想定するなら彼岸村に着くのが先決だよな。あの矢男の死体の消滅は別にいいとして妖刀が消える前に打ち上げたあの花火……あれが《斬鬼会》による仲間への信号だとしたら仲間がやられたことを悟れる」
(妖刀の壊れ方とあの花火、それに死体の消滅を重ね合わせるならあれは証拠の隠滅と味方への報告の可能性が高い。それにあの矢男が単に雲禰村にいた2人の男が帰ってこないから様子を見に来るとも思えない。ヤツが指揮をしていたとして既に彼岸村で根城を張ってるんならわざわざ自分から動くのは考えにくい)
「ってことは……彼岸村にはもう1人妖刀持ちのお仲間がいるってことだよな!!」
敵は既にこちらの目的地にいる、その可能性が高いと真助は考え、そして真助は敵を止めるべく急ごうと駆ける足を速くさせる。
「妖刀だけなら別にいいけど、村の人間が襲われたら……!!」
最悪の事態、嫌な予感が現実にならぬようにと真助は阻止すべく駆けていく。