表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薬術の魔女の結婚事情  作者: 月乃宮 夜見
二年目

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/600

兆候


 温かい紅茶を飲みながら、薬術の魔女は魔術師の男が菓子を食べている様子を眺める。


「……()の様に。(わたくし)を眺めて居ても詰まらないかと思いますが」


「んー、なんか」


 手を止め目線を向ける魔術師の男に、薬術の魔女は首を傾げた。


「歯、とがってる?」


普段の彼はあまり口を開けて喋らないし、食事の際も同様に口を大きく開けない。

 ただ、今回は菓子を口に入れる時に偶然見えたのだ。人間のようで肉食獣のような、異常に尖った歯牙達が。


「…………そうですね」


ゆったりと目を閉じ頷き、同意した彼は


「……ですが、人の口内を許可無く観察なさるのは如何(いかが)な御趣味かと」


口元を隠し薄く微笑んだ。


「……ごめんなさい」


 その言葉に含まれた、鈍感な薬術の魔女が気付くほどに明確な拒絶に、彼女は一瞬怯む。


「いいえ。……貴女は、如何(どう)思われましたか」


 口元を隠し微笑んだままで、魔術師の男は彼女を見た。


「ただ『とがってるなぁ』としか思わなかったけど」


他に何があるのだろうか、と薬術の魔女は思考を巡らせる。本当に『尖った歯が珍しい』と少し思った程度だった。他に何を思うというのだろう。


「……ふふ。然様ですか」


「なに?」


 心底不思議そうな彼女の様子を、魔術師の男は静かに、息を溢すようにして笑った。


「何も。()れには複雑な理由が有りまして……ですが、」


笑いをゆっくりと止めた。


「……あまり、お気になさらず」


「うん」


 無表情のようでいて寂寞(せきばく)が滲んだ表情で静かに彼は告げる。何かに触れられそうだったのに逃げられたような心地になった。

 なんか面倒な人だな、と思いながら視線を動かし、


「(……あ)」


いつのまにか空っぽになっていたお菓子の箱を見つける。


「(全部、食べてくれたんだ)」


 その事実が、薬術の魔女の心をじんわりと温かくさせた。口内を見た事は拒絶されたけれども、薬術の魔女が与えた菓子については嫌な顔も残す事もせず、全てを受け取ってくれたのだ。


 その事実を嬉しく思ったところで、


「……(そういえば去年、その3から焼いたお菓子もらってたけど返してないなぁ)」


と、ふと思い出した。


×


 空になった箱を持ち、魔術師の男は立ち上がる。


「……(さて)。私はそろそろ仕事へ向かわなければいけませんのでお(いとま)……と言う言葉は可笑しいですね」


口元に手を()り少し沈黙した後、


「…………まあ。貴女は札で魔術アカデミーの寮へ戻られると良いでしょう」


と、薬術の魔女へ帰宅を促した。言葉を探そうとしたが、途中で止めたようだ。


「書庫で読書……等をして頂いても構いやしませぬが」


 魔術師の男は、ちら、と彼女に視線を向けて新しい提案をする。


「……いても良いの?」


薬術の魔女は、すっかり『仕事に行くから帰れ』と遠回しに言われるかと思っていた。どう言った心変わりだろうと思うが、心当たりは無いので推察はできない。


「はい。()の屋敷は『相性結婚の付属品』ですので、私と貴女が婚約している間くらいは問題は無いかと」


「ふーん。でも帰るよ。だって一応、『他人(ひと)の家』だもん」


 彼の言葉に、なんて事もない、ただの義務感での提案なのかと察する。それを少しつまらなく感じてしまった。


「そうですか」


「うん。用事も思い出したし」


 お菓子のお返しを用意しないと、と薬術の魔女は頭の隅っこで思う。


「……用事、ですか」


「ん。こっちの話だから気にしないで」


「然様で」


「じゃあ、先に帰る」


「はい。お気を付けて下さいまし。……私の作った札なので、事故等起こる訳も無いのですが」


「ばいばーい」


 本当に何も気にしていないらしい。引き留めるつもりもないらしい。

 いつもの冷ややかで味気のない返答が、相手の何もかもを気にしていない態度が少しだけ、寂しい。

 そう、惜しむ気持ちが確かに有った。


×


 次の日、魔術アカデミーで薬術の魔女はその3に去年の『愛の日』でもらった菓子のお返しができなかったことを謝った。用意ができたら返したいとも。

 その3は


「別に返さなくて良いのに」


と笑っていたが、やはり気になるのだと伝える。すると、


「……じゃあ。何か……例えば、腕輪があったら欲しいんだけど」


そう、はにかみながら提案した。


「……腕輪?」


 唐突な単語に薬術の魔女は首を傾げる。


「うん。なにか持ってない?」


 聞かれた瞬間に、なぜか枕元に置いてあった古い腕腕のことを思い出した。……確か、今日は偶然にも鞄の中に入れていたのだった。


「どんなの?」


 好みでなければあの腕輪はあげられないので、ひとまず欲しいものの特徴を聞き出す。


「こう……なんか古くて黒ずんだ金属の」


「んー、まあ。持ってるけど」


 その特徴がほとんど一致したことに驚きながら、薬術の魔女は自身の鞄を漁る。


「よかった!」


「えーっと……はい。生産元不明な腕輪」


「ありがとう!」


「うん」


 あまりにもな言い方であったがそれは事実だった。その上、その3自身もその腕輪がもらえるなら他は全く気にしていない様子だ。


 差し出した古い腕輪の色と、その3の燻んだ金色の髪の色がよく似ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ