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薬術の魔女の結婚事情  作者: 月乃宮 夜見
二年目

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色々な準備。


 寒さが強まり、冬になった。たまに吹く風は強く、木々の隙間を通り抜ければ、ひゅう、と切るような音を鳴らす。


 やや退屈な座学の授業中、薬術の魔女は廊下越しに窓の外で揺れる木々を眺めていた。


「(……そろそろ冬休みだなぁ……)」


無論、今年も薬術の魔女は実家に帰る予定がある。また長い時間列車に揺られ、冬景色の実家に帰るのだ。

 故郷の森は自然が大変に美しく、植物の芽吹く春や葉を青々と茂らせる夏、山ほど実り鮮やかに葉の色付く秋はもちろんだが、雪に彩られた銀世界のその様も素晴らしいのだ。

 新雪の敷き詰められた、真っ新な庭に飛び出して足跡を付けるのも楽しい。

 文明からやや遠い森の中だからか、他の地域より魔力を含む雪が降る。なので魔術が上手く動作せず、物理的に行う雪かきの作業は大変である。だが、薬術の魔女にとっては雪かきの作業は楽しいし、それが終わった後に家族からもらえるご褒美も楽しみなので苦ではなかった。

 それから、保存食を作ったり家の手伝いをしたりしながら家族と共に年を越して、そのあと魔術アカデミーへ戻るのだ。


 しかし、冬休みの前にはテストがある。

 テストの結果を加味された、長期期間用の課題が出題されるからだ。上位は少なめだが難易度の高いものを、下位になるとやや課題は多く基本問題の復習になる。解説書も付いてるので、理不尽な課題を多量に出されるよりは比較的やりやすい部類だろう。


「(やっぱり、いくら勉強のためだったとしても寒い中外に出るのはちょっとなぁ……)」


と、薬術の魔女は小さく息を吐いた。

 学芸祭の準備の関係で、魔術師の男に勉強を見てもらっていたそれが自然消滅している。

 それを再開するためにもう一度魔術師の男に連絡を入れるのは少し都合が良過ぎるかな、と薬術の魔女は気遅れしていた。


「(……でも、勉強がわかるのは楽しいし)」


 授業の最中、ずっと同じ事を考えていた。『どうやって勉強を教えてもらおうか』と。

 少し気まずくとも、やはり魔術師の男に勉強を教えてもらいたいと思うのだ。彼は教えるのは上手く、一緒にいられる口実にもなる。


「(…………いや、これは勉強のためだし。自分がもっと授業を理解しやすくなるための、お願いだし)」


 一瞬(よぎ)った思考に、薬術の魔女は慌てて頭を振る。

 そうこうしているうちに授業が終わり、教室の移動が始まった。


 そしてそのまま次の授業、昼休み、午後の授業が終わり放課後を迎える。


「(……ずっと、婚約者(あの人)のこと、考えてた)」


 その事実に何やら不本意なものを感じて口を尖らせた。なんだか頬が熱い。


 このまま、ただ思考していても(らち)が明かないので彼女は魔術師の男に連絡を入れた。


×


『……(わたくし)に何用で御座いましょうか、『薬術の魔女』殿』


 連絡を入れてから数十秒ほど間を置き、魔術師の男の声がした。今回は、なんだか周囲に何か気配があるような音が聞こえているようだ。


「あ、もしかして忙しかった?」


 その、通常よりもやや低い気がする声に、薬術の魔女は焦る。


『……そう、ですねぇ。()()忙しくありませぬ』


「そっか、それならよかった」


魔術師の男の返答に、薬術の魔女はほっと息を吐いた。今は夕方辺りで、空がの色がうっすらと変わり始める頃合いだ。


『…………(ただ)、』

「……ん?」


『周囲が騒がしいだけで御座います。年越の儀が近いものですから』


「それって本当に大丈夫なやつ?」


 まだお仕事中だったんだ、と薬術の魔女は気付く。以前、魔術師の男が『大丈夫だ』と言っていた時間以降に連絡を入れたつもりだったのだが、どうやら儀式の準備で少し勝手が変わったのかもしれない。


『えぇ。無論、忙しくして居られるのは聖職者と使用人ばかりで。私は普段通りの宮廷での仕事を、(そして)丁度休息を入れていた次第です』


「そうなんだ」


『其れで』

「ん、」


『何用で御座いますか』


 魔術師の男は、薬術の魔女に同じ問いを投げかける。


「あ、そうだった。そろそろテストだから、また勉強教えてもらいたかったんだけど……」


『……成程』


 普段通りの、平坦な声が相槌を打った。


「忙しそうだからやめておこうかなぁって」


本当は、お願いをしたかった。だが、彼を困らせたいわけじゃない。


『…………』


薬術の魔女の言葉に、魔術師の男からの返答が数秒ほど途切れる。


「あれ、どうしたの」


『……平日でなければ』


間を空けたのち、魔術師の男は答えた。


「うん?」


『休日ならば、教える事も(やぶさ)かでは有りませぬが』


さっきの間はなんだったんだろ、と思いながらも、薬術の魔女は頷いた。


「……分かった。じゃあ、今度の休日に行くよ。きみのお家に」


『…………は』


 予想外な返答だったらしく、魔術師の男の呆気に取られた声が聞こえた。


「ほらだって、寒い中外とか歩きたくないし」


『……然様ですか』


持ち直したらしく、普段通りの平坦な声に戻ったようだ。


「きみも、『いつ来てもいい』みたいなこといってたし」


『……言いましたね。えぇ、確かに』


「無理だったら教えてね」


『いえ。問題は有りませぬ』


「ん、それならよかった。じゃあねー」


 そうして、薬術の魔女は通信を切った。


×


 切れた通信機を仕舞い、足元に視線を向ける。


「……」


 そこに転がるのは人間だったもの、であった。


「少々、間が悪う御座いましたね」


嘆息し周囲へ視線を向ける。怪しい影も気配も、一般人を含めて誰一人、獣一匹すら何も無い事を改めて確認する。通信前と違いは無かった。


「いえ。……あの方も、有る意味で()()()()()()()()()()()()


 実に運の良い娘だ、と内心の表面で感心する。


 先程連絡を寄越(よこ)した彼女には、宮廷で仕事をしていたかのように返答していたが。


「嗚呼、矢張(やは)り貴族と成れば素材の出来()()()宜しいですな」


 ちら、と一瞬だけ手のひらを見て、呟く。

 赤黒く染まった手の内に二つ、同色に染まった魔力石が乗っていた。それは必ず頭部から摂れるもので、仕事を行った証として持ち帰るべきものである。


 無論、宮廷に居ると答えたそれは虚偽だ。


 依頼通りに対象へと干渉をしその回収を行う、宮廷魔術師でないもう一つの仕事の最中(さいちゅう)であった。


 ひと回り大きい魔力石をもう一つ取り出し、三つの魔力石を二つの回収瓶の中へ落とす。やや小さい方二つと、ひと回り大きい方一つに分けた。瓶に落ちる音はせず、さっと懐に入れる。

 『頃合いが良い』と言ったのは、丁度、回収作業の最中だったからだ。

 わずかでも早ければ、仕事の妙な時に着信するところだった。


 彼の所属する監視員は、危険人物を秘密裏に監視し素行が悪ければ捕縛を行うだけの公的機関である。それはきちんと国内では存在を知られており、仕事内容も()()()()()大衆に知られていた。

 ただし、()()()()()()()()は誰もわからない。

 監視員の長である監視員長と、その副官だけを除いて。

 無論、公開されている仕事内容に嘘は無い。

 一般の監視員の仕事も、一応はそれの通りである。


 だが、監視員による監視や政府による警告を極度に無視した対象には、()()()()()()()を行なって良い決まりとなっていた。

 これは、その()()の一つである。


 残ったものは早急(さっきゅう)に黒い袋に詰め、空間魔術で然るべき所へ送る。残った赤色を浄化装置で無かった事にし、自身の汚れも消し去った。


 時折思うのだ。『彼女にはこうなって欲しくない』と。

 知り合いに干渉を施すのは少々面倒なのだ。後始末を含めて。


×


 既に宮廷の中へと戻り、何事も無かったかのように仕事部屋で普段通りに振る舞う。仕事の完了の報告書と共に、魔力石二つが入った回収瓶を上司へ送付した。


「……(さて)。準備をせねばなるまい」


 宮廷での作業を行いつつ、彼は呟く。

 準備、と言うのは客人を迎える準備であって、他意はない。


 婚約者となった彼女が何に興味を示すかなど分からないので、明らかによろしくないものは自室の物でもしっかりと隠しておかねば。


 学生及び若い女子の好むものなど、よくわからなかった。ひと回りも年が離れているからだ。

 情報媒体である程度の知識は有しても、体験はしていないので知っているが理解はできていない。


「(……()の上、彼女は少々趣味が特殊な様子)」


 ()()()()()()()()、流行りものなどには少しの関心を示す事、薬草の(たぐ)いを好む事しか分からない。

 彼女は何を好むだろうか、と考えひとまずは無難な物を揃えようかと思考する。


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