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薬術の魔女の結婚事情  作者: 月乃宮 夜見
二年目

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夜明け。


「………もう、精霊も魔獣も()の部屋には居らぬので御安心下さいまし」


 恐る恐るベッドへ戻った薬術の魔女に、魔術師の男は告げた。

 まだ夜中で外は暗く、おまけに消灯時間なので明かりを点けることも出来ない。周囲の様子ははっきりとわかる状態ではなかったものの、魔術師の男の言葉に薬術の魔女は安心した。


「……(さて)。日付も変わりましたし……何より、(わたくし)の用事もある程度済みましたし、そろそろお(いとま)致しましょうかね」


 時計を見て、魔術師の男はそっと立ち上がる。


「まって、」


また一人になると思うと同時に、薬術の魔女は思わず魔術師の男を引き留める言葉を零した。その声は思いの外小さく、ほとんどが吐息のようで音にならなかったが、彼は足を止め振り返る。


「……何です?」


 不機嫌と言うよりはやや怪訝な様子で、彼女の意図を汲み取ろうと静かに薬術の魔女を見下ろした。


「……ね、もうちょっと……そばにいてくれない、かな……」


 薬術の魔女は(かどわ)かし精霊に襲われたせいか、一人でいることを恐ろしく感じていた。それに理由はわからないが、彼が近くに居るとものすごく安心するのだ。


「……ふむ」


「日が昇るまで……わたしが眠るまでで良いから」


布団をぎゅっと握りしめる薬術の魔女の様子に、魔術師の男は柔らかく息を吐く。


「…………分かりました。貴女が眠るくらいまでならば、側に居りましょう」


「うん。……ありがとう」


×


「……あのね、わたし……なんでか魔獣とかに襲われやすいんだよね」


 ぽつりと、薬術の魔女は呟いた。


「…………早く御眠り下され。もう遅い時間ですよ」


 ベッドを背もたれがわりに床に座り込んだ魔術師の男は、眠りそうにない薬術の魔女を静かに(とが)める。


「いいじゃん。眠くなるまで無言とか気まずいし、夜伽話みたいなものだと思って」


 ベッドの中で薬術の魔女は目を閉じ、魔術師の男に言った。


「……此の場合、其れは私の方がするものでは……」


「なに? きみのこと、なにか話してくれるの?」


彼の小さな呟きを拾い、目を閉じたままで彼女は問いかける。


「…………其れは、別の機会で宜しいか」


「ん、わかった。それに今聞いたら余計に目が覚めそうだし」


「……そういうものですか」


「そうだよ。わたし、きみのことはちゃんと知っておきたいって思ってるんだから」


「…………」


 魔術師の男は薬術の魔女に背を向けているので、どんな顔をしているのかはわからなかったが、彼は少し長めの溜息を吐いた。


「……小さい頃、わたしはここよりもうちょっと南の方に住んでたんだけどね……」


 薬術の魔女は、薬草採りに行ったら魔獣に出会うことが何度もあったこと、虫かと思ったら精霊が寄ってきていたこと、暗いところからおいでおいでとよく分からないものに手招きされやすいこと、などを話した。


「……だから、今回も精霊に襲われたのはそういう体質みたいなのが原因だと思うんだけど。……いつ、ついてきたのかな」


「…………朝は付いておりませんでしたが」


「そうなんだ?」


「えぇ。……恐らく、学園内には結界が有りますので、学園の外で拾ってしまわれたのでは」


「なるほどー。じゃあ虚霊祭の最中かも?」


 あの人混みの中で、精霊を拾ってきたのかもしれないと薬術の魔女は首を傾げる。


「して、どのように襲われたのですか」


「んー……。苦しくて目が覚めたら、目の前にいた。そしたら近づいてきて……」


 そこまで言うと、薬術の魔女は言い淀み布団の中へ更に潜り込んだ。二度と、あのように魔力を吸われたくないな、と切に思った。


「然様か。……恐らく、私が貴女に差し上げた札が弱くなったことも原因やも知れませぬ」


「そうなの?」


「……()(まで)も、推測ですよ」


×


 それから、今回の学芸祭で回った店の話や、最近の勉強の調子が良い事をちょっとだけ小さな声で話す。


「……」


 話しているうちに、薬術の魔女は口の中に違和感を覚えていた。まだ、先程の魔力供給の余韻か、口の中に魔術師の男の魔力を感じているのは確かなのだが、


「(……なんだか、熱い?)」


口の中がおかしい。薬術の魔女はそっと自身の唇に触れる。と、


「~~っ?!」


なぜだか、唇に触れた感覚がひどくはっきりと感じられ、魚のように身体がびくんと跳ねた。

 驚きで、鼓動が速くなる。


「……如何(どう)されました」


ずっと薬術の魔女の方に背を向けていた魔術師の男が振り返る気配がした。ずっと聞こえていた小さな声が、急に途切れた事が気になったのだろう。


「な、なんでもないよ」


 どきどきとしたその衝撃を、魔女は笑って誤魔化した。


「……そうですか。早う御眠りなさいまし」


魔術師の男は再び魔女に背を向ける。


「(……な、なに……これ……?)」


 薬術の魔女はそっと自身の口を押さえ、口を結んだ。


×


 やがて、窓の方から光が差し込み始める。


「……日が昇りましたね」


「ん、結局最後まで付き合わせちゃってごめんね?」


「いいえ。……其れでは。今度こそ、お暇致します」


「うん、ありがと」


薬術の魔女に返事をせず、魔術師の男は消えた。


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