お弁当。
ある日。
薬術の魔女は友人達と共に、買い物へ出かけていた。
その日は休みだったが、婚約者の魔術師の男が「仕事の用事がある」と答えたのだ。一人で勉強をしてもつまらないだろうと思い、友人達にお出かけをしようと声をかけたところ、みんなが来てくれると良い返事をくれた。
「珍しいわね。あなたが『ちゃんと料理したい』っていうなんて」
「今までは『栄養が取れたらなんでも良いの』とか言ってたのに」
友人達は感心した様子で言う。
「ん、まあね。ちゃんとしたものも食べてみようかなって思ったんだ」
からかう友人達に薬術の魔女は拗ねた様子で口を少し尖らせた。
「あれ。でもぉ、お弁当をつくらなくてももっとちゃんとしたものは食堂にありますよね?」
その2は首を傾げるも、「せっかくやる気になってるんだからやらせてあげるのよ」と友人Aが宥める。
「そういう気分なの」
と、少し頬を紅潮させながら、薬術の魔女は答えた。
弁当をちゃんとしようと思ったのは『婚約者に変な弁当をこれ以上見せたくない』なんて理由なのだが、恥ずかしいので伝えていない。
「んじゃあ、ひとまず弁当に使えそうな材料を買い揃えようか」
良いところ知ってるんだ、と友人Bは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
×
友人Bが連れてきたところはちょっとだけ良い食材の売ってある百貨店だ。
「ちょっと。ここ、準一等品の売り場じゃない。大丈夫?」
友人Bの腕を引っ張り、友人Aは問いかける。
この国では、食品や日用品その他もろもろが大まかに言えば一等、二等、三等の三種類に分かれていた。一等が王族や貴族が嗜む高級品、二等は広い客層に向けて作られた比較的低価格なもの、三等は二等に届かなかったもの、だ。二等の品質は最低限保障されるが、三等は二等に近いものから目も当てられない粗悪品までと、非常に格安で手に入るが品質が安定していない。
準一等品は一等のような品質だが、二等品に近い価格で購入できるものである。
「すごく、なんか良いもの売ってそうな雰囲気」
「……あまりにもな感想ですけどぉ、私も同感ですぅ……」
薬術の魔女とその2はこういうところに来たことがないので、物珍しそうに周囲を見ていた。
「大丈夫大丈夫。うちが仕切ってる場所だし、普通の準一等品より、もっとお手軽な値段だよ」
からからと明るく笑う友人Bはあまり気にしていない様子だ。
「最悪、足りなかったら出してあげるから」
「……後で面倒な貸しになってそうね」
料金について気にしなくて良いと友人Bが言うと、友人Aは肩を落とす。
「なんないよ。いくらうちが交魚の家名持ちでも、損得無しの友達相手だし」
君達はね、と友人Bは念を押すように答えた。
×
「ふー、結構買ったね」
にこにこと友人Bは満面の笑みを浮かべる。
「食材を買いに来ただけのつもりだったけど」
頭痛がしそうだと友人Aは顔をしかめ、
「お洋服もなんか買ってもらっちゃった」
深く息を吐き、薬術の魔女は休憩用の椅子に腰かけた。
「とぉーっても、楽しかったです!」
その2は瞳を輝かせて非常に嬉しそうに頬を赤らめる。
「皆さん可愛いしスタイルもいいので服の選び甲斐がありました!」
いつのまにか弁当に使う食材や本だけでなく、服や小物も買っていた。
「お洋服は私が勝手に選んだものなので」と洋服代はその2が払い、おそろいの小物は「自分だけ買ってもらうのは平等じゃないから」と友人Aが支払ってくれた。
割引券やお得な情報を友人Bが教えてくれたし、値引き交渉もしてくれたので思いのほかたくさんのものが買えたのだ。
購入したもの達は空間魔術を応用した特殊な鞄に入れたので、購入量に対して4人は身軽である。
そうして、薬術の魔女は友人達との買い物を終えた。
×
「次は街を歩くとかどう?」
帰り道、魔術アカデミーに向かいながら、友人Bは予定が合った時のためか次の予定を提案する。
「そうね、流行りのお店とかにも行ってみたいし」
友人Aが頷き
「あ、私気になってるお店があるんですぅ!」
とその2がそれに乗っかるようにして話題を展開した。
それを聞きながら、薬術の魔女はなんとなくで周囲に視線を向ける。
と。
「(……あれ)」
偶然か、婚約者の魔術師の男を見かけた。
「(『仕事の用事がある』って言ってたけど)」
丁度近くを通ったのかな、とよく視線を向ける。
「(誰かと一緒?)」
絹の様に真っ直ぐな乳白色の長髪の人物と並び歩いていた。腕に捕まらせてエスコートしているようにも見える。
「(背が高い! 類友ってやつだ!)」
相手は、かなり高身長の彼と並んでも遜色ない背丈の人物のようだ。よく見ると踵の上がった靴を履いているので、もう少し背は低いのかもしれない。
目元は黒い布で隠されておりよく見えなかったが、口元やその表情から整った顔立ちのように思える。
「(作りもの……みたいなひと)」
なんだか、氷像の様に美しい顔立ちの彼と並び立っても釣り合っているように見えた。
その上、しなやかで上品な体運びだ。
それからすぐ、乳白色の髪の美人が薬術の魔女の方に顔を向ける。そのあと魔術師の男の袖を引き彼も僅かにこちらに顔を向け――
「……」
――直ぐに顔を逸らした。
おまけに、こちらに顔を向けた一瞬、不快そうに表情を歪めたように見えたのだ。
まるで、今の状態を薬術の魔女に見られたくなかったかのような、そんな印象を持った。
「んー? むむ?」
なんだか、薬術の魔女はもやっとした得も言えぬ小さな不快感を抱いた。
「どうしたの?」
友人Aに声をかけられ、はっと我に返る。
「……なんでもない」
答えながら、彼と交わした友好関係に口出しはしない約束を思い出した。
×
次の休日、前回と同じように図書館で薬術の魔女は魔術師の男に勉強を見てもらっていた。今は薬術の魔女の解いた問題を魔術師の男が採点しており、その様子をぼんやりと眺める。
「……」
魔術師の男は横で薬術の魔女が問題を解く様子を眺め、問題を解き終わると間違いを指摘したり、良い点を褒めてくれる。
「……如何なさいましたか」
ふと視線を上げた魔術師の男と視線が合い、
「なんでもないよ」
と薬術の魔女は曖昧に笑って誤魔化した。
「(……なんだか、とても不思議な感じ)」
なぜだか熱くなる顔を気にせず、魔術師の男が手渡すノートを受け取り間違った箇所の解説を聞く。
×
問題を解いている最中、何かを忘れている気がした薬術の魔女だったが
「……あ」
唐突に思い出した。この間の休みに、魔術師の男が見知らぬ美人と歩いていたことを。
「ねぇ! きみ背の高い人と一緒にいたよね」
ばっと振り向き、薬術の魔女は魔術師の男に詰め寄る。急な詰め寄りにやや驚いたのか、彼は少し上体を後ろに下げ僅かに距離を取った。
「…………其れが、何か」
だが取り繕いもせず、魔術師の男は目を細めて彼女を見下ろす。それは何かを見定めようとしている様子に見えたが、気にせず彼女は詰め寄ったままで視線を少し伏せた。
「あの人……」
表情を曇らせ、薬術の魔女はきゅ、と自身の服を握り締める。
「性別どっち?」
気にするのは其方なのか。と、内心で思ったのは彼だけではなかっただろう。
「重心の掛け方や身体の動かし方は女性っぽいけど、骨格は男性だったよね」
不思議な感じ、と薬術の魔女は魔術師の男を見上げ首を傾げた。
「何故、私が答える必要が」
表情を僅かに歪め、彼は視線を逸らす。無意識に、何か苦いものを口に入れたような心地になる魔術師の男だった。
「だって気になるんだもん」
答える彼女の表情を見るも、嫉妬のような感情は無く純粋な好奇心の色が見える。
「ではあの日、貴女は何故、御学友方とお出掛けをなさっていたので」
面倒だ、とでも言いたげな表情で彼は問うた。質問をするならば、と同じように質問を返しただけだ。
「……ひみつ」
その、何故か赤らむ彼女の頬や気まずそうに逸らした視線に魔術師の男は知らずのうちに小さな不快感を得る。
「成らば、私も答えなくとも宜しいのでは」
「むーん」
言い返せば、薬術の魔女は眉を寄せて少し口を尖らせた。
「きみ。ちょっといじわるなところあるよね」
「はて。私は貴女と同じように問うただけですが」
にこ、と彼はいつものように笑みを貼り付けて首を少し傾ける。彼女の困った表情に、やや胸の空く思いがあったのは否定できなかった。
「互いに、人間関係に干渉し合わない話は如何したのです」
「それは、そうだけど」
彼女は眉尻を下げ、考える様子で視線を少し動かした。
「それはそうとして、なんだか気になる」
「……」
それから真っ直ぐに見つめられたその視線に、魔術師の男は自身の抱いた不快感の正体を得る。
……ずっと、自分以外の者の事を考えているそれが気に食わなかったのだ。理由は、まだ分からないが。
「男です。彼は私の仕事上の知り合いで、私の上司に会いに行く処だったのです」
感情の正体が分かれば振り回されることもない。素直に答えれば
「なーんだ」
と、薬術の魔女はすぐに興味を失い、詰め寄っていた魔術師の男からあっさりと身を離した。
さっさとノートの方へ向かい、もう気にしていないように見える。
「……」
その様子を見て、いつか彼女が好奇心を満たした末に、自分に飽きてしまうのではないかと過ぎった。
×
そうしているうちに日は高くなり、昼の休憩が入った。
「……」
薬術の魔女は口をきゅっと固く結んで自身の持ち物から弁当箱を取り出す。取り出しながら、薬術の魔女はちら、と魔術師の男の様子を盗み見た。
魔術師の男は前回の通りに、どこかからか弁当箱を取り出しそれを食べる様子だ。
薬術の魔女は魔術師の男から自身の弁当箱へ視線を戻し、そっと開ける。
「……おや、今回は彩りが豊かですね」
「ん、なに勝手にみてるの」
言いつつ、薬術の魔女は魔術師の男の顔を見上げた。彼は軽く目を見開き、ただ単に『珍しい』としか思っていなさそうな表情だ。
「せっかくだから作ってみたんだ。一昨年の冬に料理本貰ったし」
「成程」
「前、少しもらったからお返しにあげるよ」
薬術の魔女は弁当箱を魔術師の男に差し出す。
「……いえ。返して下さらなくとも宜しいが」
「んー……。じゃあ、『わたしがあげたい』って思ったからあげる」
「……ふむ」
「宗教、慣習、体質とかの理由で食べられないものとかある?」
「いいえ」
「じゃあ、これあげる」
と、薬術の魔女は中身の一つを魔術師の男の弁当の邪魔にならない箇所へ移した。
「割と自信作なんだ」
「……有り難う御座います」
むん、と得意そうな薬術の魔女に、にこ、と魔術師の男は微笑み、それを少し取って口に運ぶ。
「…………どう、かな」
「美味ですよ」
不安気な薬術の魔女に、魔術師の男は笑顔で答えた。見たところ、不自然な作り笑いではなかったので、悪い味ではなかったのだと薬術の魔女は悟る。
「ん。そっか……よかった」
その事に、薬術の魔女は心の底から安堵した。
×
それから、やがて休日以外の学校終わりの放課後にも魔術師の男に図書館で勉強を見てもらうようになった。
それは中間テストが終わっても細々と続く。薬術の魔女の方から連絡を取って、都合が合った時に魔術師の男と図書館で時折会うようになったのだ。
……しかし。
「うーん、アカデミーから図書館に行く移動の時間がちょっともったいない気がするなぁ……」
放課後は特に、そんな感じがしていた。帰りは魔術師の男がアカデミー寮の近くまで送ってくれるが、行きは魔術アカデミーから15分くらいかかる。
休日は長く勉強していられるのでほとんど気にはならないが、放課後だと門限までには寮へ戻らないといけない。
なんとなく、それを惜しく感じる薬術の魔女だった。




