『奈落』2
「やっほー、おかえりー」
止まった牛車から出てきたのは、魔女の次女だった。呪猫特有の服を着ている。
「あれ、呪猫出られたの?」
「うん。少なくとも『金の国』で魔術師は自由だよ。あと、あたし魔術師じゃなくて占術師」
「そうだっけ」
魔女が上げた声に、手をひらひらと振りつつ次女は軽く返す。
次女は呪猫当主が倒れてから、呪猫当主の息子達と協力して呪猫の立て直しを行なっていた。魔女達が国に帰ってきたからと言って、わざわざ出迎えるほど暇ではないはずだ。
「で、お客さんだよ。どうしても会いたいって人が」
次女はそう言い、牛車の簾を半分ほど上げる。
「御機嫌宜しゅう、御座いますね。『薬術の魔女』様」
顔を真っ白な布で覆われた女性が、牛車の奥に座っていた。絹糸のような黒髪がさらりと揺れ、艶やかに光る。
「はわー?!(呪猫当主の伴侶だー?!)」
美しく色気のある動作で嫂は簾に寄り、相対的に魔女(と巨猫)に近付いた
「して。其処な獣、申し開きは有りますか?」
扇子で口元(らしき箇所)を隠しつつ、見下ろすような動作をする。巨猫は魔女の足元で平常通りで居た。耳は下がっていないし、尾にも変化がない。何とも思っていないようだ。
一瞬でもふりでも反省する様子を見せれば良いのに、とは思ったが(兄上の前で)そんな事をする人でもなかったな、と思い直した。
『止めないか』
ぽん、と音を立てデフォルメチックな猫が姿を現す。
「あ、薄紫のねこちゃん」
「霞色ですわ」『霞色だが』『霞色ですな』
魔女の呟きに、嫂と呪猫当主、巨猫の声が重なった。
「ああ、旦那様! お会いしとう御座いました! 此の私、寂しゅうて仕様が有りませんでしたわ」
『そうか。私も会いたかったよ』
とても感動した様子で、嫂は声をあげる。
「そんな! 勿体無いお言葉……感涙が止まりませんわ」
『涙を流してから言いなさい。呪いは駄目だ。私にも影響が出るからね』
「は、そうで御座いましたわね……きぃ、小癪ですわ……っ!」
『毎日毎時間、私の身体の側にいるではないか。何処に寂しく思う要因がある』
「お話が出来ませんわ。旦那様のお声が聞きとう御座いましたの」
二人の様子を見、魔女は隊商長と同僚の男の関係性を思い出した。確か当主と伴侶は『神との約束』によって、強い情を抱くのだと言う。(伴侶が強め、当主は薄め)
「奥様、そろそろ本題いいですか?」
「そうでしたわ。取り乱してしまいましたわね……」
次女の言葉に小さく咳払いをし、嫂は居直った。
「本題って?」
首を傾げる魔女(と巨猫)。
「貴女の次女の、伴侶を探していただきたいのです」
「へ? 伴侶?」




