慈悲伐採10
もう遠くには『教の国』が見え始めている。国境らしき高い壁が遠くに出迎えているのだ。
若者達の表情が険しくなる。きっと警戒しているのだ。
だが魔女は「(あれ、なんだか『黒い人』の気配がする)」と内心で首を傾げながら巨猫の背を撫でていたところだった。
「ねこちゃん、もうすぐで新しい国に着くって」
『然様ですか』
顎の下を撫でてやると目を細めるが、喉は鳴らさない。
警戒する魔術使いの若者が「今回は大丈夫なのよね?」と隊商長に問う。
「前回は魔術を仕掛けられましたからね。警戒して防御の魔術式をかけていますよ。宮廷魔術師が居るんですからね、国防級ですよ」
自身たっぷりに返された言葉に、安堵する若者達。持っていた武器達を下げた。
「だからと言って、万全な状態で入国できるかは別の話なんですが」
「不穏なこと言わないでよ!」
冗談めかした隊商長の言葉に、黒髪の若者は少し頬を膨らませる。
「冗談ですよ。当主の奇跡の力、舐めないでください。それにここには『枢機卿』と……まあ、アレが居ます。安全に入国させてやりますよ」
「アレってなによ」
魔術使いの若者は呆れ混じりに聞き返した。
「ねこちゃんとか?」
(違うかなぁと思いつつ)巨猫を撫で、魔女は言う。
『私も居るが』
ぽん、と音を立てて、ついでに呪猫当主が出てきた。
「あんたは何もしないでしょう。まあ、居るだけでも価値があるんでしょうが」
やや呆れに近い表情で隊商長が吐き捨てる。だが呪猫当主は気にしていない様子で巨猫に近付く。途端に巨猫は低く唸り出す。
「ねこちゃんをいじめないでよ、薄紫のねこちゃん」
と言いつつ呪猫当主を、巨猫から引き離す。
『私は霞色だ』
言いつつ、おとなしく巨猫から離れたところに落ち着いた。
「居るだけで価値があるってすごいね」
「まあ、当主ですからね。私もですが」
(威厳のない)呪猫当主を見ながら魔女が零すと、隊商長も頷く。
「……そう考えると、この集団の加護の量はすさまじいですね。酔狂な研究者なら『一人ぐらい貰っていいだろう』ぐらいは言いそうです」
「あげないよ」
慌てて巨猫を抱き締めると、隊商長はあからさまな呆れの表情で魔女(と巨猫)を見た。巨猫は『不可抗力だが』と言わんばかりの表情をしていたが、隊商長にしては不可抗力だろうがそうでなかろうがどうでも良い話だ。
「私は要りませんよ。まあ、大金を積まれてもあんた達は渡さないんで、安心してください」
そう、隊商長は魔女とついでに若者達に告げる。
「そもそも、金は実家にはたくさんありますし」
「金には興味無いんですよね」と隊商長はぼやいた。




