慈悲伐採8
「改めて言いますが、次に向かう『教の国』は『美の国』のように宗教色の強い国です」
と隊商長は、再確認するように周囲を見回す。宗教に関する話は禁句なんだろうな、と察して魔女と若者達は深く頷いた。
「だからこそ、『枢機卿』の存在は大事になります。十字教では高位の教徒であり、『学者』ですからね」
「学者?」
「『教の国』では他の宗教での身分と学者であることが重要なんです。まあ、私も一応炎拝教の神官で宮廷魔術師という学者ですけどね」
疑問の声を上げた黒髪の若者に、隊商長は丁寧に教えてくれる。
「ねこちゃん、もしかして学者としての何か特権とか持ってる?」
太腿に頭を乗せている巨猫に小声で問うと『当然ですが』と返答と共に、魔女のお腹に頭をすり寄せた。
「(じゃあねこちゃんも『教の国』では歓迎されるんだ)」
魔女は納得しながら、巨猫の頭を撫でる。ふわふわでさらさらな毛並みがとても良い。
「あんたも一応『学者』になれるんですよ。手続きしなければなりませんが」
「そなの?」
ぱちくり、と目を瞬かせる魔女に、隊商長は小さくため息を吐く。なぜか、補佐官2を思い出した。
「研究施設の長になる際に資格取得しませんでした?」
「そういえば、魔術アカデミーの卒業証書と何かの資格で書類もらったかも……」
思い出したことを口に出すと、「それですよ。失くしてないですよね?」と隊商長に睨まれる。
「失くしてないよ。施設の部屋に大事に飾ってあるもん」
「じゃあいいです」
口を結びつつ、むん、と自慢げに胸を逸らすと隊商長は、つい、と視線を逸らした。
「ところでですが。教徒として潜入するためには、多少の変装が必要かもしれません」
会話が途切れたところで、枢機卿は述べる。
「変装?」
「『金の国の十字教徒』の姿になっていただきます」
首を傾げる黒髪の若者に、枢機卿は説明の補足をした。それに周囲は納得する。
「わたしは良いけど、ねこちゃんは?」
人間は服装を少し工夫するだけで良いが、使い魔となる巨猫はどうするのかと魔女が問うと枢機卿は口元に手を充てた。
「そうですね……この洗礼布を、戒めへ結び付けください」
「わかった。この布を首に掛けたら良いんだね」
差し出された布を手に取り、魔女は巨猫を見下ろす。巨猫は、やや嫌そうな顔をしていた。
『其の布、聖別されておる上に聖水で清められておる』
「我慢だよ、ねこちゃん」
『人の姿では気にして居らなかったが、此の姿だと忌避しとうなる』
「そっか、嫌なんだね」
嫌な感じ、なのだろうか。そう、魔女は思考する。その布は、香草や薬草の香りがした。
「これで偉大なる『癒しの神』の奇跡、祈りが届きます」
「……大体の問題はないってことですね」
変装を終えた魔女と巨猫、若者達を見、枢機卿は満足げに頷く。それを呆れ交じりに隊商長が意訳した。




