峻厳伐採8
「ん……」
揺れる客車の中で、魔女はゆっくりと目を開ける。いつのまにか眠っていたようだ。顔に当たる温かくて良い匂いのするものに頬擦りすると、硬くてもふもふした物で頭を撫でられる。それがくすぐったくて、ふひひ、と小さく笑った。
「……ねこちゃん」
優しくその背を撫でると、低く喉を鳴らす。まるで返事をしているようだ。
昔から、彼の魔力に当てられると安心して眠たくなってしまう。隊商での旅は聞いていたよりも安全で、定期的に揺れるその揺れが心地よい眠りを引き寄せるのだ。
何か声が聞こえる。若者達の声だ。
それの内容は、自身達の方針の確認や、どこの国に行くのかの話だった。再度、確認しているらしい。
次に向かう国は『義の国』で、主な目的は巨大樹木の伐採と偽王国の支配からの脱却だ。偽王国に支配されていても隊商との荷物のやり取りはしているらしい。だから、それに紛れて『義の国』に入国してしまおう、ということだ。偽装は魔術でなんとかなるらしく、騎士団はあまり気にしていない。
若者達は普通に『義の国』への入国を求める旅人として入国するつもりだ。魔女も同じようにして入国する。
『義の国』の情報を伝える隊商の人達は、いつになく真剣だった。やはり、偽王国に支配されてしまった国だから注意が必要なのだろう。
おまけに、若者達は『樹木の破壊者』として偽王国の者達に注視されていた。今までの入国や滞在のようには行かない。
相談している若者達をよそに
「ねこちゃん」
魔女が巨猫を撫でながら話しかける。巨猫は返事をしないが、耳だけは魔女の方向を向いた。話を聞いてくれるのだろう。
「きみはさ。わたしをなんとかしたくてこんなことしちゃったんだよね」
『智の国』での会話を思い出しながら、巨猫をゆっくり撫でた。確か彼は『魔女のために樹木を生やした』と告げている。そして、巨大樹木を破壊すると奇跡が剥がれるとか。
「わたし、どうなっちゃうの」
逆を返せば、巨大樹木を生やして奇跡を剥がせねばならない事態に陥っている、ということだ。『おばあちゃん』と『黒い人』が何も言わないし、何も行動をしていないのだから、それは正しい事実なのだろう。
「教えてくれないんだ」
巨猫は魔女の側に耳を向けたままで、何も語らなかった。それに少しむっとするも、彼なりの判断なのだろうと理解する。
「いいよ。樹木が全部壊れたら、わかるかな?」
客車の外の方に視線を向けた。荒野の荒れた風景が広がっている。
「できれば、きみに教えてもらいたいんだけど」
再び巨猫に視線を戻した。魔女の身体にぴったりと寄り添い、魔女の腿に頭を乗せている。
「ねこちゃん」
耳だけがこちらを向いていた。顔も向けてくれないんだ、と少し残念に思う。
「全部の樹木が無くなったら、おうちに帰ってきてくれるよね?」
巨猫は何も答えなかった。




