峻厳伐採2
荒野は春だというのに植物の豊かさがない。そんな荒野に、魔女はしょぼくれる。
「全然春っぽくない……植物は?」
ちなみに『美の国』では山ほど植物園や山に入ったり植物関連の論文を読みまくったりしていたので「まだ植物足りてなかったんだ」と若者達は少し引いていた。魔女がそうなっている間の巨猫は魔術関連の論文を読み漁って式神を使い土着信仰や呪いについて研究していたのだが、それを知っているのは呪猫当主くらいである。
「刺座草ならありますがね」
「ほんと?」
遠くに視線を向けた隊商長に魔女は勢いよく振り向いた。その剣幕に若干引きながらも双眼鏡を他の隊員に用意させ、魔女に渡す。
「ほら、向こうの方角ですよ」
「あっ! ちょっと若い芽が出てる!」
隊商長の刺した方向を見、魔女は嬉しそうな声を上げた。
「刺座草でもいいんだ」
と呆れた黒髪の若者に
「我慢するの」
とやや口を尖らせ魔女は答える。荒野に生える植物は刺座草くらいだし、仕方のない話なのだ(不本意)。
ふと、魔女は砂の動きから客車の外では風が吹いているのだと気付いた。
「そういえば。この客車、寒くないね」
双眼鏡を顔から外し、隊商長を振り返る。
荒野とは言え、春だからかやや肌寒いはずだ。だというのに、この客車内では季節特有の肌寒さを感じない。
「まあ、良いやつですからね」
隊商長は答える。「私だって快適な旅を送りたいですし、前金もたんまりと貰っているんで」と巨猫に視線を向けた。巨猫は魔女の側で大人しく撫でられている。
「ま、客車内はそうでなくとも、外に出たら寒くなりますよ。北に向かっている訳ですし。防寒着が欲しければ差し上げますよ。無論、金は取りますが」
隊商長の提案により、若者達は防寒着を買うことにした。どうやら、春から夏に向かう季節ではあるものの、かなり涼しいらしいからだ。防寒および防熱であり、温度調節のできる服だという。
「ねこちゃん、寒くない?」
魔女は軍部で支給された防寒着があるので特に問題は無いのだが、ふと使い魔(になった)の巨猫は服を着ていない(はず)だと魔女は気付いたのだ。
『特に問題は有りませぬ。寒ければ魔術で防寒致します故』
「そうなんだー」
大丈夫だと答える巨猫に、魔女は頷く。それを聞いて魔女はなんとなく残念に思った。せっかく彼に何かを買ってあげられるチャンスだと心のどこかで思っていたのかもしれない。それを見かねた隊商長が「襟巻き型もありますよ。首に巻くだけで防寒着を着ているのと同様の効果が得られます」と、ストールを取り出した。薄くて柔らかそうな、綺麗な生地だった。
「ねぇ、ねこちゃん」
そう、声をかけると『仕方あるまい』と魔女を見上げる。
「えへへ、そっか。じゃあ、わたしはこっち、ねこちゃんは?」
問われ、巨猫は別の布を示す。「お買い上げ、有難うございますー」と隊商長はやや棒読みでお金を入れるための袋を開けた。直後、札束が袋の中に落ちる。「丁度ですねー」隊商長は袋を閉じた。
ちなみに魔女が選んだものは黒紫色の物で彼が選んだものは蜜柑色の物である。
「今更だけど、その猫と話せるの?」
恐る恐ると黒髪の若者は、ストールを首に巻く魔女に話しかけた。威嚇されるので警戒しているのだ。
「うん。そうだね」
言いつつ、常盤色の留め具でストールを留めた。
「僕達のこと、どう思ってるんだろ」
黒髪の若者は少し気になっているようだ。
「聞かない方が良いよ」
巨猫にストールを巻きながら魔女は答える。
「だろうね」
黒髪の若者は苦笑交じりに頷いた。そんな気はしていたと。
「ただね、いい方向では評価してるみたいだよ」
答えつつ、珊瑚珠色の留め具でストールを留めた。
「そうなの?」
驚く黒髪の若者をよそに、魔女は「ねー、ねこちゃん」と言いつつ巨猫をわしわしと撫でる。
「……流れるように髪色、毛色がお揃いの物を身に着けたわよ、あの子達」
「留め具の色……気付かない方が良かったかもしれません」
一方で、魔術使いの若者と聖職者の若者は別の方で驚いていた。




