信念の揺らぎ
信徒同行の下、魔女と巨猫、若者達は樹木の侵食した巨大な聖堂の中を進む。
すると、魔獣が現れた。姿は獅子や炎を纏った鳥、下嘴の広い鳥だ。
「わ、ペリカンだ!」黒髪の若者が叫ぶ。「ペリカンって伽藍鳥のこと?」と魔女が聞き返すが答える余裕はなさそうだ。ただ、目の前の下嘴の広い鳥は魔女の知っている伽藍鳥と違い、体付きは小さく嘴は思いのほか鋭く尖っている。
「(やっぱり魔獣だから、姿が違うのかな)」
そう思いながら魔女は周囲を警戒し、いつでも防御の魔術式が展開できるよう構えた。
「……おかしい」
酷く狼狽えた様子で信徒が呟く。
「何が?」
「あんた達が用意した魔獣なんじゃないの」
若者達が信徒に問いかけた。だが、信徒は魔獣が現れることに戸惑っている。
「やっつけていいんですか」
黒髪の若者が問うと、信徒は更に戸惑った。
「じゅ、樹木は……『癒しの神』様の、」
「今襲われてるじゃん!」
「命は惜しくないの?」
どうやら想定外とはいえ、『巨大樹木から発生したもの=『癒しの神』の恵み』という思考の流れになっているらしい。だから、魔獣には手を出せないのだろう。
「我々には、他者を攻撃する手段など」
「じゃあ僕達の拘束といてよ」
「全滅しちゃうわ」
それでも渋る信徒に「教王の場所までついて行くから、拘束解いてよ!」と黒髪の若者が叫び、その剣幕に押され信徒は慌てて若者達の拘束を解いた。魔女と巨猫の拘束はそのままだ。
「僕達二人でなんとかするから大丈夫」
と魔女達の方を振り向き、黒髪の若者は告げた。魔女は心配だったが巨猫は心底興味なさそうに鼻を鳴らしただけだ。
「黒い身体に赤い目。間違いなく魔獣だよね」
と黒髪の若者は信徒に確認を入れる。混乱しながらも信徒は肯定した。それを合図に、若者達は魔獣達を排除していく。
それから、魔女と巨猫、若者達は信徒と共に樹木を更に進んだ。
「最近の巨大樹木は色々と混ざってたよね。屋敷とかお城とかに」
「雑談してる場合じゃないでしょう。でも、確かに混ざっていたわね。今回のも聖堂と一体化してるみたい」
元気のない信徒をそのままに、黒髪の若者は零す。周囲の魔獣達が思うより脅威でないからか、余裕があるようだ。魔術使いの若者はそれに注意を促すも、その言葉に返事をする余裕はある。
そして。魔女と若者達は門を見つけた。
巨猫は相変わらず興味が無さそうだが、それに信徒が怯む。その怯え様に若者達は困惑した。
「今までここまで来なかったんですか」
「よ、余程上位の幹部達にしか……許されませんでした」
そして信徒は呟くように言葉を続ける。
「悍ましい。こ……この門は、『地獄の門』じゃないですか」
「『地獄の門』だって?」
「転移者の手記に書いてありました。『苦悶の表情を浮かべる人間が彫刻された門がある』と」
訊き返した黒髪の若者に信徒は答えてくれた。それに、この門を良く見てみると何か文字が彫られている。黒髪の若者が門に触れた時、彫られていた文字が光り出し門は語りだした。
我を過ぐれば憂ひの都あり、
我を過ぐれば永遠の苦患あり、
我を過ぐれば滅亡の民あり
義は尊きわが造り主を動かし、
聖なる威力、比類なき智慧、
第一の愛、我を造れり
永遠の物のほか物として我よりさきに
造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ、
汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ
「……これ、『神曲』の」
声が止んでから、黒髪の若者は呟く。「しんきょく? なにそれ」と魔術使いの若者が首を傾げるが「あんまりにも大きいから気付かなかった」と黒髪の若者は聞いていないようだった。
扉を通り抜け更に奥へ進むと、聖職者の若者が居る。やはり顔色が悪い。
「よくぞ、ここまで来ましたね」
聖職者の若者が感情のない声で告げ、「最奥へ案内いたします」とそのまま歩き出す。
「待って!」
置いて行かれないように、若者達と魔女は先を歩く聖職者の若者について歩いた。
そのまま歩く聖職者の若者に黒髪の若者が色々と話しかけていたが、「話すことはありません」と冷たく言い放つだけだった。魔術使いの若者は最初から話しかけることすら諦めていた様子だ。
そして、最奥らしき場所で聖職者の若者は足を止める。「案内は、これでお終いです」
若者達が聖職者の若者に近づこうとした時、もう一人姿があることに気付いた。
「よく来たね。樹木の奥底まで」
その人物は語りだす。どうも舌足らずな子供のような声だ。




