認識の齟齬
古びた聖堂の中に閉じ込められ、魔女と巨猫、若者達は少し放置される。「どうしよう」と黒髪の若者は震えていた。
「あの子が、聖十字教の信徒だったなんて」
ぽつりと黒髪の若者は呟く。あの子とは、黄色い髪の聖職者の若者のことだ。
「学校に通ってた時は『家族のために頑張りたい』って言ってたのに」
「嘘だったんじゃないの」
「そんなわけない。あの子の言葉は、本心だった」
黒髪の若者は涙を零す。「私だって泣きたいわよ」と魔術使いの若者も声が震えていた。
仲間の裏切りに悲しむ若者達に、どう声をかけたら良いのか魔女には分からない。ただ悲しい気持ちが伝わってくる。
「薄紫のねこちゃんが居れば、なんとかなったかなぁ」
『……私だと頼り無いとでも申すか、小娘』
「わ゛、急に怨み増し増しにならないでよ、怖い。……別に、頼りないとは言ってないよ」
精霊の言葉で呪詛を吐く巨猫に、小声で言い返した。
「捕まっちゃうし、樹木にも入れてないじゃん。それに、このままじゃあ旅できないよ。薄紫のねこちゃんなら何とかできそうでしょ」
『霞色ですね。お前は兄上を何だと思っているのです。流石に……流石に奴も此の状態を抜け出すのは……出来るやもしれませんな』
「すっごい歯切れ悪かったし否定やめたね」
『奴は精霊を九体も従えて居る。其の上、現状は霊体。寧ろ何が出来ぬか数える方が早いやもしれぬ』
「そうなんだ? アドバイス以外全く何もしないけど」
『奴は基本的に自然主義故、運命に身を任す事を良しとする。詰まりは王都と呪猫、運命の変わる重要な点以外には干渉せぬ狡猾な男よ』
「はえー」
性格が悪いのはお互い様だろうと思いつつも、手伝う程度の干渉をする彼の方が優しいのかもしれない? と思えてくる。混乱してきた。
「それはともかく。どうやったらこの状態から抜け出せるかな」
『暫し待て。軈て時は来る』
「? どういうこと?」
魔女が戸惑いの声を上げた時。古びた聖堂の扉が開いた。
「教王様がお前達をお呼びだ」
×
古い聖堂には聖十字教のアジトがあり、地下で樹木の根本に繋がっていた。
他の聖十字教徒は知らないらしく、「特別な場所です」と自慢げだ。
近くで見た樹木は、黄玉のような不思議な肌をしていた。
今回は黄色に輝く葉が豊かに茂っている。
魔女がふと足元を見ると、黄色の葉と黄玉のような枝を見つけた。
樹木の周囲は聖堂のようになっている。天井が高く、透明一色のステンドグラスは樹木の葉の色を受けて、黄金の様に輝いていた。
「経典の中の様でしょう」
と魔女と巨猫、若者達をここまで連れてきた信徒は自慢気だ。(だが聖十字教の経典の内容は魔女や若者達は知らないので、どうなのかよく分からないのだった)
「黄金に輝く、見事な葉でしょう」
黄色だよね、と内心で魔女は思う。ちら、と視線を向けるも巨猫は全く興味なさそうだった。
巨大樹木の周囲に生えている植物や鉱物達は聖十字教の信徒達が決まった日付に一定量採取し、外の者を介して金と交換しているらしい。
「やはり慈善事業とはいえ、活動にはお金がかかりますからね」
それっぽいことを言っているが、要は樹木の資源を聖十字教で独占しているのだ。そして聖十字教徒以外には冷遇をし、強制的に改宗させていたのだろう。
「でも、巨大樹木は『精霊の偽王国』が生やしたものじゃないか。そんなものを利用しているってことは、やっぱり『精霊の偽王国』とかかわりがあるんだね」
黒髪の若者が、樹木と偽王国との関わりについて聞いた。だが
「は? 我らと名を呼ぶのも悍ましい集団とが関わりなどあるものか!」
と返される。どうやらこの信徒は偽王国と聖十字教との関りはないと考えているらしい。
「噂は知らないんですか」
「あんなもの、でたらめだ! 今度言ったら許しませんよ」
その激高具合に、どうやら本気らしいと魔女と若者達は悟る。
「……」
ちら、と魔女が巨猫を見ると、愉快そうに目を細めていた。
「悪趣味」
『どうとでも。私は貴女に知っている事実を告げただけで御座いますれば』
小さく悪態を吐いてみるが効果は薄そうだ。
「これは『癒しの神』が与えて下さった恵みです。愚弄するならば相応の目に遭ってもらいますよ」
信徒の様子に、黒髪の若者は口をつぐむ。




