犬も食わない
戸惑う巨猫に構わず、
「わたしは独り寂しく暮らしてたってのに、きみはよその魔力と楽しくしちゃってさ!」
と魔女は巨猫に詰め寄る。『愛の国』から引きずっていた嫉妬心が爆発したのだ。
だが、当人(猫)は
「(……どの女だ)」
と内心で首を傾げていた。
結婚前に情報収集のために引っ掛けていた女達は(記憶を操作して)縁は切っているし、魔女と出会ってからはそんな事を一切していない、はず。
会えなくなってからも特定の誰かと懇意になった記憶はない。
「(……若しや、腹の傷の事か?)」
頑張って捻り出せたものはそれだった。
「は、腹の傷の女は「それ女の人にされたの?!」……違いましたか」
藪蛇だった。
珍しい剣幕に「(矢張り怒って居ても可愛いらしい)」と見当違いの事を考え始めた彼に対し「うぎー! 絶対綺麗に治すんだから!」と魔女は妙な対抗心を燃やす。
「昔引っ掛けていた女とは全て縁は切れて居りま「そんなこと聞いてないっ! きみ、ふざけてんの?!」……申し訳有りませぬ」
物凄く感情的に否定された。全く心当たりのない詰問にどうすれば良いのか分からなくなる。
「……其の女、とは」
「きみの目の中にいる魔力!」
「はァ?」
魔女に鎮静効果のある水薬を一旦飲ませて冷静にさせ、根気強くよく話を聞いたところ。
「女……とは、私の中に混ざった魔力の事でしたか」
「それ!」
魔女の顔は涙や涎やらでぐちゃぐちゃだった。詳しく説明させている合間も嗚咽を漏らし泣き始めたからだ。そんな顔もまた可愛いと思うのは彼だけである。顔を真っ赤にさせていて、潤んだ目で見つめるのがとても良い。(悪趣味)
「……其れは、『黒い人』の魔力ですか?」
「……ちょっと違うもん」
「では『熱』の方ですかね」
「そっちかも」
昔混ざっていた際にはそこまで感情を顕にしていただろうか、とふと過る。しかし、彼も彼で言いたいことがあった。
「だが。斯く言うお前も兄上と共に居るだろうが」
「薄紫のねこちゃんはただ着いてきただけだもん!」
低く告げる言葉に、魔女はただの同行者だと言い返す。ひっつき虫みたいなものだ。
「霞色じゃ」
「そんなのどうでもいいよ! 薄紫じゃん!」
しょうもない嫉妬の痴話喧嘩の勃発である。
そのやりとりを「なんか賑やかだなー」と若者達は気にしていなかった。防音の魔術式を呪猫当主が張った結果である。当の呪猫当主は『どうでも良いな。私は霞色だが』と言う感じで喧嘩が収まるのを部屋の外で待っていた。
×
翌日。
若者達は国の噂を聞きに出かけていった。呪猫当主も『ちと出掛けてくるかな』とそのまま外に出て行く。なので魔女と巨猫の二人きりだ。
「じゃあ、人に戻れる? ねこちゃん」
部屋に施錠を行い、魔術式でも厳重に閉じる。それから魔女は巨猫を振り返った。
「周囲には誰も居りませんよ」
その時にはすでに彼は人の姿に戻っていて、ベッドの縁に腰掛けている。
「いいの。わたしが咄嗟に呼び間違っちゃうかもでしょ」
彼がねこちゃん呼びに対して指摘すると、魔女はもしもの保険なのだと告げた。
「人に戻りましたが、是で宜しいか」
診察しやすくするためか、上半身は服を着ていない。やっぱり綺麗な筋肉配列だな、と感心した矢先。
「わ゛! やっぱり酷いことになってる!」
脇腹辺りにザックリと昔は無かった大きな傷ができていた。傷周辺は魔力や体液やらが僅かに染み出ていて、湿気っている。これならまだ綺麗に治せそうだ、と魔女は判断した。
「気にすることでは「わたしが嫌なの!」……はい」
それから、診察を開始する。
魔女は彼の傷口周辺を触った。
「痛いとこない?」
「全体的に痛いので良く分かりませんな」
「もー。魔力で雑に引っ付けたでしょ!」
「出血が酷かったもので」
「変に繋がっちゃってるとこ、一旦切っちゃうからね」
「……お好きになさってくださいまし」
「わかった」
許可も降りたことなので、魔女が満足できる様な治療を施すことにした。
「治ったら一緒にお出かけするんだからね」
約束をしてから、魔道具を使い周囲に特別な魔術結界を展開する。どこでも手術が行える無菌の結界だ。その中を魔女は念入りに浄化の魔術で綺麗にした。




