壮麗伐採10
『面白そうな事をしておるな』
いざ契約をしよう、となった時。呪猫当主が札から出てきた。
「薄紫のねこちゃん」
『霞色だ。……成程。使い魔契約か』
ふわ、と浮かび上がり契約書を覗き見る。
『其の儘では結べぬぞ』
そして、隊商長に視線を向けた。
「はぁ? 私の契約書が不完全だと言うんですか?」
『いや。其処はお前の仕事としては完璧であろうな。理解はしておる』
『少し条件が違うのだよ』と再度、契約書を見やる。
「調教はこっちでもやってますけど?」
『鳥であって精霊では無かろう』
「……精霊、ってあの虚霊祭で襲来してくるやつですか」
『そうだ。其奴は動物でないぞ』
「……つまり?」
『其奴は猫魈……詰まりは精霊としての要素が大きい。其奴とは精霊として契約すべきだ』
「精霊との契約なんてしたことないですよ、こっちは」
『問題ない。私が調伏の文言を刻んでやるとも』
「……チッ」
隊商長は舌打ちをするも、『古き貴族』の当主である呪猫当主が余計な事はしないと分かっているためにそれを呑む。
「どういうこと?」
と魔女。
「私の作った契約書をもとに契約を結び、その最後の仕上げをそこの人がやるみたいです」
「へぇ」
×
魔女と巨猫、隊商長と呪猫当主以外を後ろの客車に移動させ、契約に取りかかる。
まずは使い魔の証となる首輪の元を巨猫の首に巻き付け、外れないように固定した。
それから床に魔術陣を描き、その中の特定の位置に魔女と巨猫を置く。本来は使い魔となる対象が暴れないように固定する魔術式なども必要なのだが、巨猫はおとなしいのでその部分を省いた。
「『契約の儀式を始める』」
隊商長の言葉と共に魔術陣が花緑青色に輝き始め、空気の流れが変化する。
「『一つ。契約者に危害を加えないこと』」
「『二つ。第一条に反しない限り、契約者に従うこと』」
「『三つ。第一条、二条に反しない限り、自身を守ること』」
「『四つ。第一条、二条、三条に反しない限り、契約書に従うこと』」
言葉を重ねる度に、魔術陣の輝きが増した。
そして最後に、呪猫当主が
「『臨む兵、闘う者、皆陣烈びて前に在り。悪霊を抑えるものとして“___”の名を刻む』」
と唱え、九字を切る。途端に巨猫が聞いたこともない絶叫を上げた。
「ねこちゃん!」
『動くでないよ。調伏とはそういうものだ』
一瞬、魔術陣と巨猫の首に巻き付いた金属が勿忘草色に輝いたかと思うと、すぐに色を失って静かになる。
「……終わったの?」
『そうだな』
「まあ、大抵の契約はこんなもんですよ」
「最後のはいつもと違いましたが」と隊商長。
「契約書を見てください。印が書き込まれているでしょう」
ほら、と差し出された羊皮紙の最後の項目に、魔女の魔力の色をした印と彼の魔力の色をした印が書き込まれていた。
「魂の形です……うわ。やばいですね、本当に人じゃない」
痛ましそうに表情を歪め、隊商長は契約書の印を見る。彼の魂は、もはや人の原型と留めていないほどに壊れていたのだ。ついでに魔女の印を見、「……まあ、そっちは妖精の形だろうとは思ってましたがね」と呟いた。
「半ば、一方的に契約を結んだ形になりますね」
と隊商長は魔女に告げる。
「ねこちゃんを助けなきゃだもん」
だが、魔女は気にしていない。
「嫌だったら後で解約すればいいもんね」
「そうですね」
そして、隊商長は魔女に契約書を渡す。
「良いですか。契約書はくれぐれもその人には見せてはいけませんからね」
『調伏の文言もだ。まあ、首輪に刻まれておるから自らの意思では見えぬだろうが』
隊商長と呪猫当主の言葉に「うん、気をつけるー」と言いながら、魔女は巨猫の元へ近寄った。触れると、小刻みに震えている。「……ねこちゃん、大丈夫?」と心配そうに覗き込むと鋭い眼光があった。どうやら呪猫当主を睨み付けているらしい。
「大丈夫。わたしも薄紫のねこちゃんのこと、信用してないもん」
そう、きっ、と魔女も呪猫当主を睨む。『私は霞色だ』と言いつつも呪猫当主は気にした様子は無い。
「……もう、大丈夫そう?」
後ろの客車から黒髪の若者が覗き込む。「もう終わりましたよ」と隊商長が声をかけ、若者達が安心した様子で戻ってきた。
×
それから『美の国』が見え始める。
白亜の宮殿のような、美しい外壁が見えた。
「『美の国』は聖職者の多い国ですからね。かなり清潔なはずですよ」
そう、隊商長が教えてくれる。
×調伏の文言の意味×
『臨む兵、闘う者、皆陣烈びて前に在り』
→悪霊(精霊)を拘束し契約者の前に引き摺り出す
九字を切る
→手を刀と見立て、悪霊(精霊)を切り刻む
※実は九字を切らなくとも調伏はできる。念には念を入れて九字を切って悪魔をボコボコにした呪猫当主。
・ついでに抑え込む者の名前は、こちらの世界で言うアチャラナータ(不動明王)的な存在だったり。弱体化させて抑え込む気満々ですね。




