壮麗伐採9
ひとまずこのまま『美の国』に向かうとして、捕まえた信徒達をどうするかという話になる。
「素直に『襲われました』って言って警察に突き出せばいいんじゃないの?」
そう黒髪の若者は声をあげた。だが、
「宗教を重視してる国ですからね。おまけに聖十字教の幹部まで居ますから、下手するとこちらが逆に捕まってしまう可能性ありますよ」
と隊商長が告げる。『面倒な拾いものをした』と言いたげな表情だ。
「なんで?」
「まず、襲われた証明ができないです。そして。そこの幹部の信用次第ですが、荒野を渡ってきた私達よりそちらの主張を採用する可能性が高い」
問う黒髪の若者に、隊商長は答えてくれる。それを巨猫を撫でながら魔女も聞いていた。巨猫のことが心配で落ち着かないからだ。それに、魔女が触れていると巨猫の容態は安定する。
「天の神の采配があっても?」
魔術使いの若者が疑問の声をあげる。天の神は天罰神としての側面を持ち、正しい事を証明してくれる神だ。なので、『天の神の采配』は司法などの取引でとても重宝される。
「こんな世界ですからね。天の神の采配が『美の国』でも機能するか」
『美の国』で重宝されているのは天の神の側面である『癒しの神』だ。なので隊商長は、もしかすると信徒の方に有利に働いてしまうかも、と懸念しているらしい。
「じゃあ、魔獣に襲われて困っていた彼らを助けたってのはどう?」
黒髪の若者が提案する。
「ぎりぎり、嘘にならない主張ですね。いざとなったらそれで行きましょうか」
顔をしかめながらも、隊商長は頷いた。
「実際、彼らが乗っていた車の動物は魔獣に襲われてますしね。何とかなるはずです」
「十字教、ってのはなんとなく分かるんだけど。『聖十字教』ってなに?」
と黒髪の若者が隊商長に問いかける。「またですか」とやや面倒そうにしながらも、隊商長は質問に答えた。
『美の国』は十字教を国教とした国で、『癒しの神』の色々に忠実らしい。その国の中で発生し発展した聖十字教は、それをもう少し厳しくした宗派(という柔らかい表現)だという。
「十字教自体は慈悲深い人が多いはずなので、通常なら荒野を渡ってきた外部の渡航者達を迫害はしないはずです。……そこの大きな獣は分かりませんけどね」
ちら、と隊商長は巨猫に視線を向ける。魔女の小さな手で撫でられており、落ち着いている。体調が悪かったのは嘘だったかのように安定しているが、どうも魔力の流れがおかしい。詳しく視ようにも本能が『見てはいけない』と拒絶するのでそのままにしていた。
「どうしたら、一緒に入れてもらえるかな?」
「使い魔、ということにすればなんとかなるはずです」
小首をかしげる魔女に、隊商長は『美の国』の法律を思い出し提案する。取引先の国の法律にはある程度目を通しているのだ。
「じゃあ、契約しなきゃだね。契約ってどうやるの?」
「まずは首輪と契約書、契約の裁定者とか色々必要ですね」
「ふむふむ」
「契約の裁定者は私がしてあげます。契約書も作ってあげますので、金属製の首輪とか他の道具の準備が必要ですかね」
「わかった」
頷き、「あ、」と魔女は有る物を思い出して鞄を漁る。
「ねぇ、首輪ってこれでもいい?」
言いつつ取り出したものは金属と魔力のひもを組み合わせたボールチェーンのようなものだ。確か首輪の材料だった気がして、取り出したのだった。
「なんでそんなものを持ってるんですか」
驚きと呆れの混ざった様子で隊商長は溜息を吐く。
「ダメだった? 昔貰ったやつなんだけど使い道が無くて」
「いえ。寧ろ良い物です。それで首輪を作りましょう」
頷き、隊商長は契約用の特別な羊皮紙と羽ペンを取り出した。
「……これでいいですかね」
一日かけて契約書が出来上がり、そうして契約を結ぶ準備が整ったのだ。




