壮麗の樹木伐採
「怪我が深い。運命が掛かってるから頑張ってー」
至極真面目な声色で『黒い人』は『呪う猫』に力を注ぐ。『黒い人』としては珍しいくらいに慎重に、それでいて繊細に。
運命が掛かっているお陰で、通常ならば治るはずの怪我が油断できない。何をきっかけで悪化するかも分らないからだ。突然未知の感染症を起こすかもしれないし、急に魔獣が現れて『呪う猫』にかじりついてしまうかもしれないし。変な人が現れて、今度は滅多刺しにするかもしれない。
怪我の具合が深刻なので移動は難しく、『呪う猫』が血溜まりで倒れていたその場に奇跡の結界を張った。なので地面には『呪う猫』の零した血液がそのまま残っている。少し鉄臭いが仕方がない。
「『呪う猫』、きみが悪魔になった時みたいに力を取り込んで。わたしが与えた力を魂に混ぜ込むの。きみならできるでしょ。心配はいらない、きみには『確固たる自身』がある。外部の力を混ぜても君はきみのまま」
無茶を言う。そう思いながらも、『呪う猫』は『黒い人』の力を徐々に取り込んでいく。
まずは精霊に近い箇所からゆっくり混ぜて、徐々に自身の色に染め上げていくのだ。
かなりの集中力が要りそうだ。強いて言えば、ほぼ毎夜かけていた家を潰す呪いをかける作業に似ている。怨念を芯として、それだけにのめり込むような。
「ここで生きてもらわなきゃ、きみの子供達にも……『命の息吹』にも、会えなくなっちゃうよ!」
『黒い人』が活を入れるように声をかけた。
「(……彼女に、また会う為に)」
そう思った刹那、意識が強制的に切り替わったかのような心地がした。
絶対に生き延びてみせると、与えられた力を取り込んでやると。
それに気付いた時、自身の中にあった『思い』はすっかり変わっていたのだと分かった。
今の己は兄上に勝つ事よりも、伴侶である魔女の為に生きたいのだ。
無論、奴に勝つことは自身の中ではかなりの重要度を持つ事柄ではあるが。
「やったね『呪う猫』! 運命に勝った!」と『黒い人』が手作りの小さい旗を両手に持って喜んでいたのだが多分蛇足だ。
今まで、呪猫の当主である奴を打ち負かす事だけを考えていた。呪術に身を落としたのも、あらゆる魔術を学び研鑽してきたのも全て。魔獣肉を食らい魔力の保有量を増やしたことも宮廷魔術師になったことですら、奴を打ち負かす為の手段でしかなかった。
感染魔術を研究対象に選んだのは呪術とよく似ていたからだ。
学んだ魔術は全て、奴を護る魔術式を破壊する為に利用した。
生きていた全てを、費やしていた。
それでも、一瞬しか奴の隙を突けなかった訳だが。
「(以前の、私の悲願は……達成されたと云うべきか)」
本当に一瞬すぎてあっけなかった。未だに『奴は呪いに掛かったふりをしているのではないか』と思うことがある。だが、契約を交わした繋がりが奴が死にかけであると伝えていた。
「(……其れは其れとして、何故、奴が小娘と共に居るのだ)」
脳裏にちらと過るだけで腸が煮え繰り返る思いで憤死しそうだ。
「(若し……若しも、小娘が『伴侶の事がどうでも良い』と、奴に乗り換えたの成らば。絶対に、呪い殺してやるぞ)」
どちらを、じゃない。どちらとも、だ。
話を聞くためにも、どうにか回復して生き延びねばなるまい。
「わ、急に取り込む速度が上がった……」
「やっぱり『呪う猫』ってば呪う方が向いてるよねぇ」と『黒い人』は感心していた。
「とりあえず言うけど、多分そんな深い理由ないと思うよ」




