やばい(心境的に)
とにかく、次に向かう国は『美の国』に決まった。その話を魔女は隊商長にも伝える。すると、「分かりました。丁度良い便を用意してあげますんで、それまで待機していてくださいね」と返事があったのだ。
国の滞在費は魔女の場合は経費で落ちるので実質無料だが、若者達はどうなのだろう。
隊商長が良い便を手配してくれると若者達に伝えると、「良い便ってどんなのかな? 客車が座りやすいとか?」と喜んだ様子だったので、滞在には問題がなさそうだと判断した。
ちなみに滞在について話を聞くと「ギルドの依頼を受けて暇つぶしがてらお金を稼いでいるから大丈夫」だそうだ。
かくいう魔女も薬草採取系や薬の納品系の依頼を受けて小遣い稼ぎをしている。
×
「結局、腕輪を治せる場所は見つからなかったな……」
呟き、悲しげに魔女は腕輪を見下ろした。
コンテストに参加するついでに色々な装飾店で腕輪を見せて回ったが、どの店も「うちでは無理」だと答えたのだ。
そしてその次に言われたのは「それは縁を繋ぎ直すしか直せないだろう」という話だった。
どうやら、結婚腕輪に入ってしまった罅を戻すのは縁を繋ぎ直す他に方法がないらしい。
そして、十字教の影響の強い『美の国』なら腕輪を治せるかもしれない、という話が出てきた。
「(『癒しの神』の下で婚姻の縁を結んだなら十字教が良い、って話だったけど……)」
眉を寄せて魔女は嘆息する。
「(縁を繋いだの、おばあちゃんだったんだよね)」
誓いの口付けをした時、頭上で光が弾けたような感覚があったが、あれは『おばあちゃん』が『おめでとうございます』とお祝いをしたからなのだ。
「(……そういえば。洗礼をしたのも、おばあちゃんだったな)」
関連して思い出す。他の人は『癒しの神』にしてもらったらしいのだが。
忘れていた成人名。それを思い出させてくれたのは伴侶だったが……
「(やばいな……これからしばらく、みんなから幼名で呼ばれるんだ)」
若者達と出会った時には幼名しか覚えていなかったので仕方のない話だが。その呼び名を急に変えろというのも難しい話である。洗礼で変わる場合は強制的に書き換わるので問題はないが、今は洗礼を終えた後なので強制的に呼び方を変える手段がない。
「(やば……)」
やばい以外に言葉が見つからない。だが、『愛の国』に居た時にも散々若者達には幼名で呼ばれていた。だが平気だったのだ。
「(……なら、大丈夫か)」
ほっとするのも束の間。
「(あの人、もしかしてそれにちょっと怒ってた?)」
偽王国の騎士として活動していた彼に、何度も何度もしつこいくらいに幼名で呼ばれていたのだが。それは嫉妬だったのだろうか。
「(……ちょっと可愛い、かも)」
そう思うのは魔女だけである。
「(あれ。そういえばあの人、『智の国』でわたしと縁を繋ごうとしてたよね?)」
確か、彼自身がそう告げていた。二人で荒野を渡っていた時に。
「(……それって、どうしようもないくらいに縁が切れかけてたってこと、なのかな)」
腕輪を撫でる。彼はかなり焦っていた。それほど、縁を途切れさせたくなかったのだろう。
「(……だからって勝手に三日通い婚を仕掛けるのはどうかと思う)」
魔女は眉尻を下げた。だが、それは成立してしまったことだ。彼が餅を食べ、その後に彼の贈り物を魔女が受け取ってしまったから。
「何してるの? 出発しちゃうよー」
黒髪の若者が声をかけた。「あ、ちょっと待ってー」我に返り、魔女は慌てて隊商の客車に乗り込む。
そうして魔女と若者達は『愛の国』を後にした。




