思いもよらない
『愛の国』には、隊商長から事前に聞いていたように『霊の国』のように古い建物があちこちに見られる。建物をよく見れば様々な魔術的な紋様が刻まれており、あの人と一緒だったら魔術の話をしながら歩けそうだなと魔女は考える。
伴侶は宮廷魔術師であり、話によると(覚えている限り)『感染魔術』という対象の遺留物から間接的に対象に仕掛ける魔術を研究していたらしい。だが宮廷魔術師は国の防御に関連する術式や結界の魔術式は一通り使えるらしいし、彼は研究熱心なのでどんな魔術にでも興味を示すだろう。
「(……もしかすると術の形を知って、解除できるか否かにしか興味を持たないかもだけど)」
彼は魔術の研究に余念がなく、あらゆる術式や魔術の造詣が深かった。だがその努力の大半は如何に術式を破壊できるかに向けられていたのだ。保護魔術を破るとか結界魔術をすり抜けるだとか、とにかく興味を向けた先がなぜか妙に犯罪者側の視点だった。
「(まあ、悪いねこちゃんだから仕方がない……のかな?)」
性格が悪いというか悪意たっぷりというか。魂の気質らしいので仕方がないかと思い直す。
「(それに、あの人はすごく顔が綺麗だし。この国では優遇されたんじゃないかしら)」などと魔女は考え始める。
気候はやや暑いものの、穏やかで街並みや景観も美しい。あらゆる道が舗装されていて、事前に聞いていた話とは違い、治安が良さそうな印象を持った。
そして、この国の総合組合も古い建物の中にあるようだった。さすがに『地の国』や『霊の国』のような大規模ではなかったが、様々な機能が揃っている。
「受付の人達、すっごい美人だ……」
黒髪の若者が言葉を零す。釣られて見るが……
「(あの人よりは普通だよね……)」
友人Aや友人B、その2、巻き毛の子(隊商長)に伴侶と、美形の顔に慣れている魔女にとってはまあ普通の顔だった。知らぬ間に高偏差値の顔面に慣れさせられていたようだ。
「(やっぱり、あの人だったらこの国ですっごい優遇されちゃうんじゃないかな……)」
仮にそれが事実だとしても、自分の伴侶が他人にもてはやされるのはあまり見たくないな、と思う魔女だった。
「(あの人が居なくてよかった)」
もしかすると、見知らぬ誰かに求愛されてしまうかもしれないし。きっと恋愛重視で不倫や浮気などが横行しているらしいこの国では、既婚者でも関係ないのだろう。
そう考えた時、ふと胸のあたりがもやもやむかむかした。まるで、『偽王国の騎士』を見ていた時に感じていた不快感と同じものだ。
「(なに、これ)」
胸に手を充てる。だが、よく分からなかった。
「どうしたの」
「んー。ちょっと胸の辺りが、もやもやむかむかするだけだよ」
黒髪の若者に問われるも、耐えられるので平気だと魔女は答える。
「それ大丈夫?」
「何か変なもの食べていませんか?」
「うん。ご飯は大丈夫なんだけど……」
魔術使いの若者や聖職者の若者も気遣わし気に魔女を見つめた。そんな重要な事じゃないのに、と魔女は少し困ってしまう。
「なぜその症状が出たのか、理由は分かります?」
「えっと……」
聖職者の若者に問われ、心当たりを思い出してみた。
「あの人……大事な人が他の人にちやほやされてるのは嫌だなぁって思ったくらい?」
「……なんでそう思考が動いたかは知らないけど、それって嫉妬じゃない?」
「嫉妬?」
魔術使いの若者がやや困惑した様子で指摘する。
「まさか! わたしが嫉妬なんて……」
そう否定するも、「なんだ、病気とかじゃないんだね」と黒髪の若者や他の若者達は安堵した。
「(……まさか、本当に嫉妬!?)」
今さらながらに自覚する。胸に手を充て深く思考するも、それ以外に合う言葉が見つからない気がした。
『気に入らない』とずっと思っていた彼の赤黒い目は、要するに他者の魔力だ。他者の魔力が伴侶足る彼の魂の中に入っている、それが気に入らなかったのだろう。
「(……ずっと、嫉妬してたってこと……?)」
思えば、自国にいるときの伴侶は『悪魔』だとか『出来損ない』だとか言われて忌避されていた。だからつまり、優れた容姿をしていたとしてもモテる姿を(魔女は)見ていなかったのだ。見せていなかった、というのが正しいかもしれないが。
「(はーん、なるほどこれが嫉妬……)」
あの持て余す感情が何だったのか自覚できたので、多分もう彼に強く当たることはないだろう。多分。




