嘘は言ってない
その頃、魔女は部屋を抜け出して建物中を駆けていた。
「早くここから出なきゃ」
自由に出て良いとは言われたものの、出口が分からない。やっぱりちょっぴり意地悪だ、と思いながらも魔女は出口を探す。
建物の中は橙の葉の植物でいっぱいだ。初めてこの『智の国』に着いた時に見せられた樹木も似たような色をしていたので、ここは樹木の中なのかも、と魔女は思考する。
そして建物の中を駆けていたその時。
「……木の実だ」
そこには橙色に輝く実があった。
どうやら色は樹木の葉に似ているようだ。
橙色で、不思議な煌めきを持っている。
木の実は遥か高い場所にあった。
そのはずなのに、気付けば手の届く位置にある。
思わず、魔女はそれに手を伸ばした。
ぷち。
手のひらの上で木の実の千切れる音がして、手元に木の実のずっしりとした重みがかかる。
その瞬間、木の実が消えた。
「あれ」
不思議そうにしている合間に、樹木が震え出す。
そして気付いた時には樹木のある最奥の部屋に移動していたのだ。足元で移動の札が燃えて灰となって崩れて行く。
×
「はっ!」
軍医中将の一撃が、偽王国の騎士の首に下がっていた魔道具を破壊する。硬質な音を立て砕け散った。
「これで樹木の力はもう使えないだろう?」
「おや。気付いておいでの様で」
「舐めないで貰えるかな。これでも『軍医中将』やってるんだ」
「大変ですねぇ」
「誰のせいだと」
「扨。私にはとんと身に覚えも」
若者達が援護をする。それを儀王国の騎士は躱すが
「みんな!」
突如、魔女が現れた。
「小娘っ!」
一瞬、偽王国の騎士が明らかに動揺する。
「さすがに年を食いましたか。動きが鈍くなってますよ」
「チッ」
その隙を突き、軍医中将が杖を破壊する。
軍医中将は拘束の魔術式を速攻で唱え、偽王国の騎士を縛った。それから手枷、足枷、首輪を速攻で嵌めてゆく。
「そんなにしなくても」
「これくらいしなきゃ、この人を無力化できない」
戸惑う黒髪の若者に軍医中将は至極真剣な表情で、拘束した偽王国の騎士に色々と魔術式を掛けた。
「詠唱は禁じた。判るでしょう?」
「えぇ、其の様子で。流石ですねぇ」
そして、軍医中将は不思議そうに近付いてきた魔女に抱き付く。
「母さん!」「わぶっ!?」
「よかった、無事だったんだ」
「前よりちょっと大きくなったね」と言いながら魔女の様子を確認し、異常がないことを確認してから再び偽王国の騎士に向き合った。
「彼女に、何をした」
「小娘の中に、私の魔力をたぁっぷり注いだだけですよ。嗚呼、寝ている彼女に外部からも魔力は与えましたがね。相変わらず、幾ら触れても起きぬ無防備な女よ」
睨み付ける軍医中将と若者達に、偽王国の騎士は意味深長な笑みを見せる。すると誤解した若者達はさっと青ざめた。……実際は偽王国の騎士自身の魔力で生成した魔力水をしこたま飲ませただけである。魔女自身その魔力水を美味しいと飲んでいたのでなんら問題はない(多分)。それと儀式で必要だったので魔力をちょっぴり塗っただけだ。
「寂しがって居りましたので夜伽話をし、私の魔力で満たして差し上げました。唯其れだけです」
なんともないような風で偽王国の騎士は告げたが結構刺激の強い内容である。
ちなみに長男自身は「(なんでそんな言い方してんのかな。(魔女の欠乏症で)テンションおかしくなってるからかな)」と冷静に分析をしていた。長男自身はもとより軍人なので色々な事を見てきた。なので(言い方はともかく)二人の間柄が健全だったことは理解している。
「(母さんは小さいから手を出すなどできないだろうし天罰も下っていないし。なんか今は感情的っぽいから、多分本当はもっと愛でたかった願望が出てんのかな……)」
×
「偽王国の騎士。よくも母さんを酷い目に遭わせたな。お陰で俺も妹達も、人生が滅茶苦茶だ」
ひとまずは区切りのために目の前の男に声をかけた。
「はあ。然様ですか」
だが、男は心底興味がない様子だった。
「是は、私なりに考えた『愛』だったのですが」
「白々しい。仮にそれが事実だとしても、アンタは異常だ」
母親である魔女は、その男に捕らわれていた。所謂、監禁だ。
食事は十分に与えられ身体も清潔だったが、酷い有り様だった。
部屋から出られないよう魔術の刻印が施されており、身体には至る所に男の魔力の染み付いた箇所があった。
「異常……其れが何か。此れは儀式に必要な手段でした。其れに。彼女は居ない事になっておる。故に、保護した者が如何に扱おうとも問題は無用であろう」
「いいや。倫理として問題が大有りだ。そして、アンタの捕縛命令が出ている」
「……チッ。此の位が引き時でしょうかね」
呟き、男は姿を消した。拘束具が全て外れている。
「…………父さん」
複雑に魔術妨害の術式を張っていたのに、逃げられた。「(まあそうなるよな、さすがだ)」と魔女の長男は内心で父親を称賛した。




