栄光伐採10
3日目。
「起きておりますよね、小娘」
男の声がした。いつもより少し早い時間のような気がする。
「此度はより大事な話故、部屋に入ってもよろしいでしょうか」
「……いいよ」
2日間も彼は外で話していた。だから、一回くらいは良いかな、と思ったのだ。仮に何かあったとしても大丈夫な気がした。
「……おやおや。良いのですか、見ず知らずの男を寝床に招く等。危機感が欠如しているのでは」
「きみが入れてくれって言ったでしょ。そんなこというなら、やっぱり取り消しにしちゃうよ」
「では、折角の好意に甘えましょうかね」
「……ふん」
戸を開けると、ちゃんと男が立っている。
背が高いからか少し頭を屈めて部屋の中に入った。
「……」
魔女の居る部屋は狭い。故に背の高い彼が入ると存在感がある。不思議と追い詰められた気持ちになった。
「御招き、誠に有難う御座います」
戸を閉め、男は床に座る。そして丁寧に礼をした。
「……べつに」
そして、男は『相性結婚』に巻き込まれた宮廷魔術師の話を始めたのだ。
「『相性結婚』の相手は……それはそれは愉快で真っ直ぐな御方でした。珍しく、不快感を抱かなかったのです」
話の内容は前日までと大いに違い、暗くなかった。彼はとても懐かしそうに、そして愛しむように、『相性結婚』の話をする。
それを見ると段々と胸が苦しくなると同時に、何か像がはっきりしてくるのだ。
「——こうして、彼は幸せを手に入れたのでした。めでたしめでたし」
子供達が大きくなって、二人きりの生活に戻ったところで話が終わった。
「……うそつき」
ぽつり、と魔女は言葉を零す。
「はい?」
そして魔女は男の頬に平手打ちをかました。
「急にいなくなるとかさ! 『ずっと一緒』『離れない』って約束も契約もしたのに! わたしのこと何だと思ってるわけ?!」
彼の話を聞いているうちに段々と思い出していたのだ。目の前の男と過ごした、長い結婚生活の事を。
「思い出して頂けたようで。非常に嬉しいですよ、小娘」
心底嬉しそうに悪魔は笑った。
「というか何その顔色! すごい青ざめてるじゃん! 栄養足りてる? 隈も酷い! ちゃんと寝てるの?!」
「それには返答できかねますな」
「もう!」
襟首をつかみ引き寄せた魔女に、悪魔はついと視線を逸らす。頬を膨らまして抗議をしても知らん顔をしていた。きっと、かなり無茶をしたはずだ。荒野での話も加味すると、まともな食事すら摂っていないだろう。
国に帰ったら絶対に薬漬けにして健康に戻してやるんだ、と魔女は決意した。
「結局、きみは何がしたかったの」
「秘密です。唯、全ては貴女の為ですよ、小娘」
目を細め、悪魔は魔女の頬に腕輪の在る左手を添える。愛おしそうに撫でるその手に被せるように、魔女は右手を重ねた。
「それは分かった。だけど、もっと他にやりようはなかったの」
「扨。最も確実で迅速なものがコレでしたので」
「ほんときみってばわたし以外に優しくないよね」
「えぇ。御存知頂けた様子で」
なんでそんなに嬉しそうなんだ、と魔女は呆れの目線を寄越す。だが彼はより嬉しそうに微笑むだけだ。
それから「小娘」悪魔が魔女を呼ぶ。そして「迎えが着ましたね」と魔女から視線を外し、真剣な表情になった。
「どうするつもり」
「迎え撃ちます」
問えば当然のように言葉を返される。若者達が来てくれた安堵と何か悲しい気持ちに魔女は戸惑った。
魔女の枕元に用意されてあった餅を食べ、悪魔は懐より木の札を取り出す。
「小娘。靴は其処に置いて行きます。ですが、部屋を出る頃合いは見計うべきですからね」
一言だけ残し、悪魔は姿を消した。
「……また勝手に居なくなるなんてさ。酷くない?」
一人きりになった部屋で、魔女は呟く。
「わたしだってきみに話したいことはいっぱいあるのに」
正しくは式神が数体残っているが、それらはただ居るだけの様子だった。
「……樹木が無くなったあと、あの人はどうなっちゃうんだろう」
若者達は確実にやるだろうから、樹木が残る未来は来ない。だから、『精霊の偽王国』の者達は捕まるはずだ。
「捕まっちゃうのは間違いないと思うんだけど。自死を選ぶような人じゃないから」
処刑されるのは嫌だな、と思う。どうにかして、彼と生きる未来を勝ち取らなくては。




