栄光伐採8
「これで一旦儀式の準備は終いです」
そして、彼はとある名前を呼んだ。
「……え?」
「貴女の名でしょう、小娘」
呆ける魔女に、男は目を細める。
彼の呼んだそれは今の魔女が名乗っていない名前だ。
聞いたことがないのに、なぜか分かった。自分の名前だと。
それと同時に、何か空っぽだったものが満たされた心地になる。
見上げると、彼の表情はいつもの貼り付けたような薄い笑みではなく、愛しむ笑みだった。目を細めて愛おしそうに魔女の頬に手を伸ばす。
「我が最愛の妻」
その手を振り払うことはできなかった。
「私が強く想い恋焦がれるただ一人の御方」
愛おしそうに、彼は魔女の頬を撫でる。なぜだか、彼から目を逸らせない。
ふと、何かを思い出した。
同じ台詞を、あの人に言われたのだと。記憶の中の、あの人に。
「危険なので其処依り出ぬように」
手を離し、男は魔女を御簾の奥へと追いやった。
「此の中にいる限り、貴女は数多の脅威依り護られると誓いましょう」
「でもきみは入ってこられるんでしょ」
「ふ、そうですねぇ」
じ、と見つめると彼は少し破顔する。何が面白かったのかは分からないが、機嫌を損ねた訳じゃないらしいと、少し安堵した。
彼が笑ってくれると、なぜか嬉しくて、胸の奥が苦しくなる。
「……儀式が終わるまで傷付けぬ。元より貴女を損なわせる積もりも無い」
「いっぱいわたしを怖がらせといて今更じゃん」
「喧しいわ。お前がそう成って居る事自体が想定外なのだから、多少の手違い程度は許せ」
つい、と彼は目線を逸らした。魔女に忘れられていること、魔女が縮んでいること。それらが手違いだとすると他は想定内だったのだろうか。
「嫌っていったら?」
「逃げられるとでも? ……後で責任は取ります」
「後っていつ」
「儀式の後成らばいくらでも」
「ふーん」
渋々ながらも魔女が納得したのを見届け、「其れでは。準備をしなければ」と男は去る。
「あ、」
「待って」と言いたかったが、口には出せなかった。
ただ、彼は以前のようにすぐには居なくならないのだと分かった。少なくとも、儀式が終わるまではそばに居てくれる。それが不思議と嬉しくて、悲しかった。
×
「直に『樹木の破壊者』が来る」
それは誘拐された魔女を助けるためであり、自身が栄光の大樹の守護として護るあの樹木を破壊するためだろう。
15番目の役割は栄光の大樹の守護として樹木を守り切ること。無論、樹木は破壊させるつもりはあるが、最後まで抗ってみせよう。
どうせ29番目と51番目としての役割も抱えているので、役が減る方が助かるのだ。
優秀な人材を選別するのは難しいとかなんとか言っていたが。……それとも、本当に助言者である悪魔を信頼して複数の役割を任せたのだろうか。
「……人手不足とは、こうも笑えることか」
独り言つも、意識を切り替える。
樹木に自身の『願い』はすでにかけてあった。それに『夢』を与える準備はすでにできている。あとは周囲から『夢』や『願い』の力を搾取するだけだ。夢が芽吹いたら努力の花を咲かせ、最後に実を結ぶそれを実現させるために。
人も願いもすでに集めてある。あとはそこに『樹木の破壊者』達が参加するのを待つばかりだ。




