栄光伐採3
「運命、っていったって……」
偽王国の騎士は随分と魔女に入れ込んでいる様子だが、魔女は全く偽王国の騎士のことを知らない。『これから知れば良い』と偽王国の騎士が告げているが、これからなんてあるものだろうか。
「きみ、本当は優しくないよね」
魔女自身に対しては色々と加減をしている様子だが、他方に対してそれがない。余計な角を立てないようにの気遣いはあるが、それだけしかしないのである。だって、若者達と対峙した時や魔女自身を拐った時など、あえて相手を逆なでするような言葉ばかりを吐いていた。
「そうですね。私は貴女にだけは優しいですよ。何度も言っておりましたが」
「そうだっけ」
何度も、と言えるほど言っていたかな、と魔女は不思議に思うが、不思議と言われていた気がする。
ふと、視界の端に黒いものが映った。
「あれなに」
「魔獣で御座いますな。丁度頃合いですし、良いでしょう。此度の獲物は其れに致します」
魔女を抱えたままで、偽王国の騎士は魔獣に近付く。
「獲物って何の」
「食事です」
問えば端的に返される。どうやら偽王国の騎士は魔獣を食べるらしい。宮廷魔術師のようなことをする、と魔女は思う。
「荒野の魔獣は強いらしいけど?」
「私があの程度の魔獣に負けるとお思いか?」
「知らない。それに、今の魔獣は倒しちゃうと素材になっちゃうんだよ」
「存じております」
言うなり、偽王国の騎士は軽く指を動かし魔獣を拘束した。
あまりにも手際が良く、魔術陣も詠唱をしたのかすらも分からない。ただ、若者達との対峙は手抜きだったのだと理解する。
「一旦休憩です。私から離れ過ぎない様に」
言いつつ、偽王国の騎士は魔女の背中に触れた。途端に何か魔術式らしきものを刻まれる。
「なにしたの」
「刻印です。私から離れ過ぎたらば、四肢の力が抜けて動けなくなるものを。簡易的なものできちんと綺麗に消えますよ」
「肌を焼く物や命を奪うもの等、色々有りますが。一等優しく簡易的なもので御座います」と魔女を荒野に下ろした。
試しに少し偽王国の騎士から離れてみるが、途端にその刻印が熱を持った気がする。仕方なく偽王国の騎士に近付くと、刻印の熱が消えて行った。
どうにもできなさそうだ、と判断し大人しく偽王国の騎士から離れ過ぎないよう気を付ける。
偽王国の騎士は魔獣を喰らう準備を始めた。魔獣を拘束したままで皮を剥ぎ、手際よく解体してゆく。そうして、魔獣は素材にならずに肉の塊になったのだ。
そして、偽王国の騎士は生肉を食べ始めた。
「お腹壊しちゃうよ?!」
「平気です。最近は此れしか食べておりませぬので」
はっきり言ってこの世界では生食は珍しい。おまけに魔獣肉を生食するなど、もってのほかだ。戸惑う魔女をそのままに偽王国の騎士は食事を続ける。
「貴女も、食事は如何です」
懐から袋に入った固形栄養食料を取り出し、魔女に差し出す。それは魔女も見たことがあるもので一般的に売られているものだ。「(この人も普通に買い物するのかな)」と少し過る。
「や」
「魔獣肉ではありませぬ。既製品ですよ」
「お腹空いてないもん」
拒むと目を細め「では食わせる迄です」と偽王国の騎士は両手を浄化した後に立ち上がった。何をするのか、と魔女は後ずさる。
偽王国の騎士は魔女の身体を硬直させ、持ち上げ抱き抱えた。それから固形栄養食料を開封して一口大の欠片を作る。
何をするのだろう、と思うと同時にもしかして、と嫌な予感がした。偽王国の騎士はその欠片を魔女の口元まで運び、無理矢理に魔女の口へと突っ込んだ。
「むぐ、」
「魔力を消費していると何故気付かない」
顔をしかめる魔女に至極真面目な声色で偽王国の騎士は言葉を零した。
「……魔力の消費?」
聞きながらも魔女は固形栄養食料を咀嚼する。意外と美味しい。毒らしき味はしなかった。
「口移しをされると思いました?」
「思ってないもん」
「まあ、今の私は魔獣肉を喰らった身。故に貴女に魔獣の成分を食わせる訳には行かぬでしょう」
「『魔獣肉を食べてはいけない』と言われているのでしょう」と言われ、なぜ知っているのだろうと顔をしかめる。不快感ではなく、不思議な胸の痛みのせいだった。
「この世界では、貴女は消耗が激しいのですね」
「知らない」
ぷい、と顔を逸らす魔女に小さく笑い「此れも飲みなさい」と魔力水を差し出す。
「……飲めばいいんでしょ」
拒もうとしたが魔女は飲むことにした。飲まなければ無理矢理飲まされるのだろうし、どうせ普通の毒は聞かない体質だ。
やや残念そうだが「よくできました」と偽王国の騎士は微笑む。
「こうして共に食事が摂れるとは思いもしておりませなんだ。せめて随分と先の話かと」
「先ってどういうこと」
目を細め魔女を見つめる偽王国の騎士に、魔女は憮然とした態度で問うた。
「奇跡を剥がし終えた其の先か、全てが終わった其の後か、と言う事で御座います。まあ遠い先の話等しても意味は在るまい」
「……まだ、先があるってこと? 樹木を全部壊しても」
「ふ。何の為に樹木が生えたのか知らぬ貴女に話しても仕様が無いでしょう」
言われてみれば、巨大樹木に関しては調査した結果しか知らない。だが巨大樹木を発生させたのは『精霊の偽王国』だとされる。ならば、調査では分からなかったことも知っているかもしれない。
「なんで、樹木が生えたの」
「天地を繋げる為です」
「天地を繋げた理由は」
「奇跡を此の世界から剥がす為ですねぇ」
「奇跡を剥がしたらどうなるの」
「魔力の力が弱まり、儀式の効力が弱まりますな」
「弱めてどうするの」
「『精霊の偽王国』が主、『暁の君』は奇跡の弱まった世界にて、己が本物の王と成る事を望んで居られる」
魔女の問いに偽王国の騎士は思いの外淀むことなく、すらすらと答えてくれる。なぜ答えてくれるのだろう、と固形栄養食料を食べながら魔女は思考した。もしかすると、周囲に教えても問題がないと思っているのかもしれない?
「世界がめちゃくちゃになっちゃったら王も民もないんじゃないの」
「そうですねぇ……あの御方にはあの御方なりの考えが有るのでしょう。私には関係有りませぬ」
「きみ、その『暁の君』ってやつの何」
「偽王国の騎士、或いは助言者で御座いますね」
「ふーん」
「私に興味が出ました?」
「べつに」
「然様ですか」
「きみが嘘吐いてないって確証は」
「有りませぬ。私は唯、訊かれた事に答えただけ。助言者として助言を与えただけで御座いますれば」
「そ」
本当とは断言しないけど嘘とも言わない。つまり、これは解釈次第でどうとでも理解できる話らしい、と魔女は察した。
「私からも一つ、質問宜しいか」
「一個だけならいいよ」
「貴女、何に怒っていらっしゃるので?」
「……え?」
思わぬ問いだった。思わず偽王国の騎士の顔を見つめる。にこ、と貼り付けたような笑みを返され慌てて視線を逸らした。
「貴女にしては他者である私への当たりが強過ぎる。怒っていらっしゃるのでしょう?」
「……べつに」
だが言われてみると、偽王国の騎士への態度は自分にしては感情的かも、とも思った。
少し目を閉じ、自身の感情を分析してみる。何を感じているのか、何を伝えたいのか、など。
「……きみを見てると、胸のあたりがもやもやしてむかむかしてくる」
「……吐き気がするのですか?」
「吐き気じゃないよ。でも、すっごく嫌な気持ち」
「……もう少し、具体的に言えます?」
「んーわかんない」
「然様ですか。成らば結構」
全然結構じゃなさそうな顔しておいてそんなこと言うんだ、とは思ったものの魔女は口をつぐんだ。




