樹木の守護
9階層での戦いが終わった。
若者達の主張を、不承不承な風を装って受け入れる。元々、自分が負けること自体、想定済みだった。
それに。
「(養父が手伝ったと言うなら、成長が早いのも当然だ)」
彼らがこの国に着いて少ししてから樹木に挑むまでの数日、毎日修練場へ行き手解きを受けていたらしい。そうならば、自分と同様の戦闘技術が叩き込まれるのも当然だ。そして、『勇者』には戦闘に関する神の加護がかかっていると文献で読んだことがある。それは『勇者』と長く近くに居た者にも影響を与えるとか。
「……好きにしたらいい。これから先をどうするかは、君達が選べ」
そう、言葉を投げた。自身にできることはやり尽くしたはず。あとはもう彼らの運命に委ねる他に無い。
樹木と亜人、魔人の研究はやったし、データも数年分は取っていた。宮廷魔術師や協会の魔術師達を呼んで研究させたのだから、ほぼ最高峰と言っても良いだろう。
それに、伴侶の寿命の心配もない。そう、『黒い人』から聞いた。「手伝ってくれたから、奇跡ボーナス付けてあげる」とか言っていたし。
はっきり言って、自身としては満足の結果だ。養父からの依頼もこなしたので怒られる事はないだろう。
「(養父に呆れられる事はない、はず)」
そして、取ったデータは養母の薬の役に立つはず。
若者達が何か声を掛けていたが、どうでもよかった。
ただ心配なのは、この先にいる伴侶の事だ。寿命の件はなんとかなったが、別の問題が生じていたのだから。
若者達は恐らく彼女を殺す気は無いだろうし、養母もいるから大丈夫かな。段々と考えるのが億劫になってきた。
先へ進む若者達と魔女の背中を見送る。
×
樹木の奥には、力強く美しい人が居た。
男のような容姿をしているが。
「……とうとう、来ましたね」
じ、とこちらを見つめる山吹色の双眸は、凄まじい力を持っている。
「きみは、誰」
黒髪の若者は問うた。
記憶によれば目の前の人物は総合組合の補佐であり副長だった。
「私は基礎の大樹の守護の役を司る、『精霊の偽王国』の20番目」
堂々とした様で返す。その声は高く、間違いなく女性であると判った。
そして『精霊の偽王国』の関係者であると告げたその者が次男の伴侶であることに魔女は驚く。
彼女は軍人である次男の補佐官であった。つまりは、彼女も軍人なのだ。そして、次男経由で交友もあった。だから、知っている人物が『精霊の偽王国』の関係者だった事に衝撃を受けたのだ。
「……隙だらけですね」
20番目が小さく呟いた直後、彼女はすでに黒髪の若者の目前にまで迫っていた。間一髪で防ぎ、黒髪の若者は後方に吹っ飛ばされる。
「僕達三連戦目なんだけど!」
「知りませんよ、そんなこと」
叫ぶ黒髪の若者に20番目は温度のない声で言い返した。
魔術使いの若者と聖職者の若者も武器を構える。
だが、それをよそに魔女は煌めく何かを視界の端で見つけたのだ。それに誘われるまま、魔女は歩き出す。
×
「……木の実だ」
最上階の森の奥、開けたそこには紫色に輝く実があった。
どうやら色は樹木の葉に似ているようだ。
紫色で、不思議な煌めきを持っている。
木の実は遥か高い場所にあった。
そのはずなのに、気付けば手の届く位置にある。
思わず、魔女はそれに手を伸ばした。
ぷち。
手のひらの上で木の実の千切れる音がして、手元に木の実のずっしりとした重みがかかる。
その瞬間、木の実が消えた。
「あれ」
不思議そうにしている合間に、樹木が震え出す。
我に返った魔女は、急いで若者達の元に駆け出した。
×
「どうしよう!」
震える樹木の中、黒髪の若者は20番目を腕に抱えていた。
「急に倒れちゃったんだ」
「とにかく、樹木から出ましょう!」
慌てる黒髪の若者をよそに脱出用の魔術陣を生成した魔術使いの若者が周囲に声をかける。
それから若者達と魔女は樹木から脱出した。
※魔女は戦闘に興味を持っていないので戦闘シーンはほぼ意図的に飛ばしています。




