基礎伐採9
「動き始めたみたいだね」
『黒い人』は興味深そうに目を輝かせ、『呪う猫』に視線を向ける。
ここは『呪う猫』が個人で作った拠点だ。そこに『黒い人』は度々訪れている。
「そうですねぇ……些か遅い」
こちらに背を向け作業をしたままだったけれど、『呪う猫』は答えてくれた。
「どっちが」
「無論、偽王国側が」
「どうするの」
「扨。如何致しましょうか」
言いつつも、特に焦った様子は無い。その様子を見て、何か考えがあるっぽいな、と『黒い人』は察する。
「折角、奴らにも『あの者達には何かある』と理解できるよう足止めをしてやったと言うのに未だ動かぬとは。……察しが悪い」
やや忌々しそうに『呪う猫』は表情を歪めて低く呟いた。きっと伴侶である『命の息吹』の反応だったら『鈍いですねェ小娘』とか言ってにやにやするだけなのだろうが。
「やっぱり、きみの動向って見られてるの?」
僅かに苛立っている『呪う猫』に『黒い人』は問いかける。確か、彼は色々な名前で呼ばれており、色々な役割を負わされているのだ。偽王国の騎士だったり、樹木の守護だったり。
「半々ですね。派手な動きをした際に視線は感じますが、今こうして大人しくしている時は無関心です」
「ふーん」
やっぱ見られてるんだな、と『黒い人』は思う。魔力視だろうか。それと同時にどこまで見えるんだろうと少し気になった。
「貴女の声は向こうには聞こえておりませんよ。私の声は今は拾えぬ様に魔術式で隠蔽しております故。其れに、私は今、口を動かさずに話して居るでしょう」
「あ、本当だー。動かさずに話せるんだ」
覗き込むと、彼は僅かに口を開いていたがそこ以外はあまり動かさずに話している。腹話術の操り師のようなものだろうか。
「なので怪しまれる事はそう無いかと」
「ふーん」
『黒い人』の姿についての言及は無かったので、もしかすると魔力視では見えないようにしているのかも、と『黒い人』は予想する。ついでに自身にそれと同種の術式をかけてみた。「お手伝い感謝致します」と言われたので、推測は合っていたようだ。
「次は何するの?」
何か行動を起こしそうだ、と思ったので問う。すると『呪う猫』は不自然でない風に振り返った。そして背後の卓に置いてあった器に手を伸ばしながら答える。
「『霊の国』で些か助言をせねばいけませんかね」
「助言?」
「えぇ。彼は信頼出来る者ですが、今はやや焦って居る。多少の方向性の指示くらいは行わねば」
「そっか。いってらっしゃい」
『呪う猫』は器の中身を飲み干した後、姿を消した。
だが、また式神で対応するんだろうな、と『黒い人』は思う。
最近、彼は本体で行動をしなくなっていた。
『黒い人』の与えた力や『熱』の力を全面に押し出して作った式神でしか行動していないのだ。
「やっぱり、バレないようにかなぁ」
そう『黒い人』は想像する。『熱』に色々と隠し事をしているとか『偽王国の者』として活動している証拠を残さないとか。実際のところは分からないが、本気で探れば分かる話だ。
×
偽王国の騎士は『霊の国』に入り込んだ。そのまま彼の元に向かう。
基礎の樹木の周囲に建造された研究室は、樹木を制御しようとしているように見えた。
「相変わらず、術式の構築が堅実的ですねぇ」
実験施設を見下ろせる硝子張りの廊下は、かなり丈夫に設計されているようだ。建物の他の箇所も普通の建築と魔術式で色々と補強している。
「何をしに来たのですか」
視線に振り返ると、次男がそこに立っていた。しばらく見ない合間にやつれたようだと内心で思う。他方の事を言えた状態ではないが。
「助言をしに」
にこ、と薄く微笑み偽王国の騎士としての体裁を整えると、向こうも総合組合の長としての表情に切り替わる。
「何か、不足がありましたか」
あるわけないだろう、と言いた気な視線に口元が歪みかけた。
「いいえ。唯……魔女と『彼等』が来ます。あとは理解して居りますね?」
「……」
「殺す気で、本気で締めなさい。助言は以上です」
「……そうですか」
「処で、魔人と亜人の研究。進捗は如何ですか」
「ご覧の通りです。様々な事をやりましたが、基本的に亜人は人。魔人は人と魔獣の中間というところでしょうか。魔力暴走直前の人とも言えます」
「然様ですか。まあ其の程度情報が集まったの成らば、小娘も大丈夫でしょう」
「やはり、母さんの為ですか」
「……」
問うと偽王国の騎士は妖艶に微笑む。だがそれは「そうですが。何か?」と答えているようにしか見えなかった。
「……いえ。僕の方も、色々と助かりましたのでお礼を」
「然様ですか。目的が合致しただけですので、お気になさらず。用事は済みましたので、暫く此の施設内を見学しても?」
「いいですよ、どこに行っても。それを止める権利は僕には無い」




