基礎伐採8
荒野での移動は1週間ほどかかる。これでも運がいい方らしい。隊商の人達がそう教えてくれた。だが喜ばしい反面、いつもと異なることを怖がっている様に見える。
「……不可解なほどに魔獣が現れませんね。気配はあるのに」
隊商長も怪訝な顔で呟く。だが、少ししてから何かに気付いたのか「クソ、好きな女のためにそこまでやりますかね」と忌々しそうな表情になっていた。
「どうかしたの」
魔女が問うと、やや面倒そうに視線を逸らし、隊商長は溜息を吐く。
「多分、次の国に着くまで魔獣は現れませんよ。強過ぎる魔獣らしき生き物に殆どが殺されています。それと、魔力によってにおい付けもされてますし。……まあすぐ消えるようなものですが」
「強過ぎる魔獣……らしき生き物?」
よくわかんない、と魔女が首を傾げると
「魔獣でないことだけが判っていて、それ以外が不可解な生き物なんです。これの原因は」
隊商長は周囲に視線を配り、「……あの辺りですかね」と小さく呟く。恐らく魔力でにおい付けされた箇所に見当を付けたのだ。
「どんな生き物なんだろう……」
その不思議な生き物について、魔女は思いを馳せる。魔力を意図的に使える上に縄張りを主張するような生き物といえば。
「……おっきくてもふもふの生き物かな? ……だったらねこちゃんが良いなぁ」
思わず呟く。魔力を意図的に扱える生き物は巨大化する傾向があり、縄張りをにおい付けで主張するような生き物は大抵は獣だからだ。
魔女の呟きに「はぁ?」と隊商長は柳眉をひそめた。
「……猫。そうですね、まあ近いかもしれません。……そういえば、貴女は猫が好きでしたね」
色々と思い出し、隊商長は納得する。
奴は呪猫の出身だし、学生時代の魔女の仮装は猫ばかりだったと聞いていた。
「……とにかく、幸運だったと思うことにしましょう。されてしまったことはしょうがないですし、こちらには魔獣に襲われないという利点しかありませんし」と隊商長は再び魔女に視線を向けた。
「なあに?」
その呆れが混ざった様な視線に小首を傾げると隊商長は曖昧に微笑んだ。
「いいえ。とんでもなく愛されていますねと思っただけですよ、ホント」
それに免じて、証拠として提出しないでやろうと隊商長は思案する。借りとして何かを吹っ掛けるのも良いかもしれない。
×
「次に行く国は『霊の国』で合ってますよね」
「うん、そうだよ」
客車の前方に視線を向けると、もう外壁らしきものが見えていた。長かったようで短い旅だったな、と魔女は思う。
ともかく、熱中症などで倒れてしまう人も居なくて良かった。
共に行動する黒髪の若者達は少し高揚した様子だ。
「『霊の国』は以前、精霊や妖精の多発する国でした。今は魔術使いや亜人が多く在籍する国で、亜人差別とはほとんど無縁の国ですよ」
「そうなんだ」
国に視線を向け、隊商長は魔女に教えてくれる。
魔女と若者達は亜人ではないけれど、亜人の差別がないと聞くとなんだか安心した。
「文化的にはおそらく『地の国』より魔法寄りです。他、古い建物や植物類が多いですね」
「植物!」と目を輝かせる魔女に、くす、と小さく笑う。
「そこらへんに遺跡や文化財ものの建物があるので、うっかりと建物を破壊しないよう気を付けてください」
「はーい」




