基礎伐採7
『精霊の偽王国』の拠点がある虚数世界は、星空と光る地面に囲われた場所だ。見慣れてしまったが、彼女ならきっと星祭りの日の如き様に「きれいだね」と目を輝かせるのだろうと想像がついた。
視線を上げれば見知った並びの星々が瞬いている。今までの知識と異なる事と言えば、時間差で一定方向に星々が移動することだろうか。
星々が巡る虚数世界が、きっと本来の空の姿なのだろうと悟った。今までの知識から大いに外れる内容なのだが、納得がいったのだ。呪猫の星見として、この世界の星空を毎日観察した結果が。いつの時代かもわからない古すぎる文献と、内容が概ね一致していたからだ。
「(斯様な珍しき世界。せめて、彼女と歩みたかったが)」
伴侶である魔女が楽し気にこの光景に喜び跳ねる姿を、隣で見たかった。思いつつ、偽王国の騎士は光る地面に視線を落とす。
何かしらの光る鉱物が埋まっているらしく、強く光る箇所と鈍く光る箇所がある。
光る鉱物のほかにあるのは影のように黒い植物だけだ。
この世界には『黒い人』も『おばあちゃん』も来ることができない。代わりに『熱』が居る。
『熱』はまるで本物の神にでもなったかのように振る舞う。『精霊の偽王国』の者達に傅かれて、2番目の王弟や『精霊の偽王国』の者達に力を授ける名目で悪意を振り撒いて、魔力を吸い上げ力を蓄えていた。
魂の色を変え別人として成りすまして居るが、『呪う猫』自身は『熱』に目を付けられている。だから、いつ気付かれるかもわからない。気付かれてしまったら、恐らく魔力をすべて吸われて殺されてしまうだろう。そう、感じた。
そうすれば自分の計画どころか『おばあちゃん』と『黒い人』の計画も駄目になってしまうし、何より大切な魔女が『熱』に喰われてしまう。世界をこうまでした意味がなくなる。だから、絶対に気付かれるわけにはいかない。
『黒い人』から目をかけてもらっているので上手くいっているが、偽王国の騎士は魔女と違い運が悪い。ゆえに運頼みでない、確実な方法を好んだ。魔女の安全を黒髪の若者達に任せたのもそれが理由だ。彼等ならば確実にある奇跡の加護で困難を乗り越え不可能を可能にする。
「(……奴にも掛かって居りますが)」
『どうやっても埋められない差』に内心で毒吐く。呪猫当主だけでなく、他の『古き貴族』の当主達と王族には当然ある加護だが。
その上『おばあちゃん』と『黒い人』に大切に育てられた魔女にも掛かっているので、黒髪の若者達の旅路はほとんど安泰だろうと想像がついた。
今のところ『熱』自体は人間にほとんど興味関心がない様子なので、何事も無ければこのまますべてが終わるまで魂の色を変えていれば問題はない。
「(悪い事には厳しい世界ですし)」
小さく息を吐く。
それはこの世界の秩序を守る父なる白き天の神のお陰だ。母なる黒き地の神は混沌を好む上にあまねく命に甘いので他の命を一方的に脅かすような酷い犯罪以外は見逃してくれる。それはそうとして、自身が行っていることは悪なのか善なのか判断が難しいところだ。
それから少しして、『暁の君』に呼び出された。
内心面倒に思いながら、守護者達が集まる拠点へと向かう。
あまりにも魔力の残滓が多く、ここに警邏隊や監視員が入れば拠点の作成に関わった者達は皆容易に捕まえられるだろうと想像が付いた。
自身は関わっていないので口出しはしないが。
拠点に入った時点で余計な思考はしない。『精霊の偽王国』と樹木の事だけを思考する。
「……樹木が、無くなったようだな」
周囲に集まった樹木の守護者達に確認するように、『暁の君』は視線を向けた。それに対し樹木の守護者達は内心で焦る。だが表には出さず
「51番目がしくじっただけでしょ」
興味無さそうに35番目が零した。
「それにあんた、樹木を破壊した奴らの邪魔してたんでしょ。なのに成果も何一つ残さなかった」
そして、偽王国の騎士が起こした荒野での出来事を論う。
「……ってことは、殺さなかったのか?」
「チャンスがあったのに?」
「負けてすごすご帰ってきたのでしょう」
それに同調するように5番目や27番目、28番目が意見を口にした。
自身らの事は棚に上げて、偽王国の騎士の失敗を責める。
「……分かった。まあ、良いだろう」
気にしない、と『暁の君』は告げた。それに不服そうにしたが、44番目と1番目の鋭い視線に引き下がった。
「それで。計画の進捗はどうだ」
『暁の君』は助言者である偽王国の騎士に進捗を問う。周囲がなんと言おうとも、『暁の君』は偽王国の騎士に進捗を問うた。
「無論、計画の進みは順調で御座いますよ」
嘘偽り無く、偽王国の騎士は答える。




