基礎伐採6
「どうだった、『呪う猫』」
偽王国の騎士がふと意識を浮上させると『黒い人』が銀の目で興味深そうにじっと見つめていた。
「まあ。想定内でしたが、及第点です」
特に最後の不意打ち等、と偽王国の騎士もとい『呪う猫』は評価する。
「倒すと決めた対象を昏倒させる程度の、覚悟は見えましたので」
「厳しくない?」
「次の相手は私が育てた2人ですよ。あれでも未だ生温い」
「そお?」
彼らは彼らで手加減してくれそうだけど、と内心で思いつつ『黒い人』は首を傾げた。
「手加減されない程度が本来は望ましいのですよ」
冷たい表情のまま『呪う猫』は答える。それを聞き「それならそっか」と『黒い人』も納得した。
だが、次の相手らしい人物は魔獣討伐のプロだ。力の面では圧倒的に上だし技術面も高い。手加減無しなど成人を超えたばかりの若者達には少々厳しそうだ。
「ちょっと手伝いたいけど、わたしじゃないんだよね」と『黒い人』は呟く。あの黒髪の若者は『癒しの神』の加護を得ていた。だから『黒い人』が入り込む隙間はほぼないのだ。
「貴女が態々手伝うものでもありません。小娘も付いておりますし、勝手に運良く上達するでしょう」
『呪う猫』は興味なさそうに返した。
×
運行を再開した隊商は、魔獣に襲われない程度の速度で荒野を進む。
夜も人を入れ替えて運行するらしい。隊商の客車や荷車を引く鳥達は眠りながらも歩けるのだとか。
「方角は分かってるんで、心配しなくても大丈夫ですよ」
鳥の世話をしながら隊商長は答えてくれた。
偽王国の襲撃があったものの、大きな怪我はなくて客達は安堵する。だが、隊商長は険しい表情のままだった。
「油断は禁物ですからね。それに、荒野ではいつ魔獣が襲いかかるかも分かりませんから」
言いつつ、偽王国の騎士に手を抜かれていたと気付いていた。一体何のために、と思うが本当に若者達の様子見が目的だったのだろうと無理矢理納得した。
「わたし、役に立たなかった」
悲しそうに魔女は項垂れる。それを「気にしなくて良いよ」と若者達は諭していた。
「そうですよ。あなたが泣く必要はありません」
魔女の頭を翼で撫で「あなたはあなたなりに頑張ったんですから」と言い聞かせる。伴侶なら「そーだな。役立たずだ」とかなんとか言っただろうが。
「あの人、なんでわたしを狙うんだろ」
ぽつりと魔女は零した。それは心の底から不思議がっている様子だ。
「……さぁ。ともかく無事でよかったです。隊商の名が傷付くこともありませんでしたし」
隊商長はさりげなく話題をずらす。当人が自主的に忘れているのならば、周囲が口出しするのも野暮だろうと考えたからだ。それに話によると彼の名前や色々を正確に認識できないらしいので、話しても無駄だろう。
「しかし、あなた達。恐らく10代後半程度でしょうが、いい動きをしましたね」
黒髪の若者達を向き、隊商長は先ほどの動きを軽く称賛した。
「まあね。学生時代から魔獣を倒したり闘技場で腕を磨いたりしていたから」
若者たちは少し得意そうにする。
「何故」
「冒険者をやるって決めていたから。経験は積んでおいて損はないかなって」
「そうですか」
問えば割と堅実な返答があった。将来を見越して若いうちから投資をするのはまあ良い事だろう。
「……総合組合に頼めば、恐らくもっと戦闘訓練が積めるようになりますよ。雇いの傭兵達がお互いに腕を磨き合っているとか聞きますし」
「そうなんですね。次の国に着いたら早速行って確認してみます」
情報を提示すると、若者達は次の国で早速利用すると意欲を見せた。それからどんな設備があるのかとか詳しく聞きたがる。「私より詳しい奴がいますんでそいつに訊いてください」と投げた。
「……熱心ですね」
質問攻めにされる隊員を横目に、隊商長は小さく零す。
「腕を磨くってことは怪我とかしちゃうのかな」
その様子を眺め、魔女も呟いた。魔女は同行者達が心配らしい。
「軍事の訓練みたいなものですよ。よほどな事がない限りは大怪我はしないでしょう。強いて言えば擦り傷や打撲、捻挫、筋肉痛とかじゃないですか」
「そっか。薬を作っておかなきゃ」
言いつつ魔女は鞄の中を探り出す。足りない材料を確認し始めたようだ。
「うちの隊商や総合組合でも売ってるでしょう。何故わざわざ作るんです」
「買った薬は保存が効くから、いざって時に使えるでしょ。それに、わたしもあの子達の役に立ちたいんだ」
「……そうですか。優しい事で」
「きみも優しいでしょ」
「そうですかね」




