基礎伐採5
「……今のアンタ達が勝てる相手じゃないですよ」
隊商長は黒髪の若者達に告げる。だが「そうは言ってもやるしかない」と彼らはやる気だ。
その意欲はどこから来るのだろう、と隊商長は不思議で仕方がなかった。保有する魔力量からして、圧倒的に差があるのに。
「知り合いですか」
黒髪の若者は問う。
「前職の上司ですから。そりゃあもう嫌ってほど知ってますがね」
一瞬、魔女を見て「あの子ほどじゃないですよ」と小さく呟く。きっと黒髪の若者達には聞こえていない。
ただの部下と伴侶では、知っている度合いに天地以上の差が有る。ただ、友人Aや友人B、魔女の同僚である隊商長自身の伴侶から聞いた話では、魔女は伴侶のことを忘れているらしい。一体何があったのだと頭が痛くなった。
「つまり、宮廷魔術師?」
薄青い髪の若者が少し怯む。
「そうです。とんでもない鬼畜生です」
魔女以外には全く優しくない、鬼畜の如き所業を思い出す。無能で噛み付く貴族は(言葉で)甚振るし感情論は一切通用しないし。身内の不幸で体調を崩した者にさえそこの男は温情は与えなかった。
「散々な言われようですね。(部下として)可愛がってやったというのに」
偽王国の騎士の言葉に隊商長は顔をしかめる。嫌悪丸出しの表情であったがそれの内訳は「何言ってんですかこいつ」だ。
「(研究論文の訂正や重箱の隅を突くような細かい質疑応答の準備、研究材料の補填や通鳥を通して色々と売買しただけでしょうが)」
思いはするものの、かなり個人的な話なので言うのは止めておいた。その思考は彼には通じたようで「十分、融通を利かせてますでしょう」と言わんばかりの表情を返される。
「チッ」
隊商長は舌打ちを返した。確かに、他の宮廷魔術師よりは融通を利かせてもらったがそれは『役に立つ』と判断された他に他意は無い。あとは魔女の友人とか通鳥当主という優位性だろうか。
次に偽王国の騎士は黒髪の若者達へ視線を向けた。
「此の式神、固め、柔らかめと調整が効きますが何方が宜しい?」
「どっちも嫌!」
「おやおや、我儘ですねぇ小娘」
魔女の返答に、にっこり、と偽王国の騎士は上機嫌に笑った。本当、噂は当てにならないし伴侶の事が好き過ぎるでしょうが、と隊商長は内心で唾を吐く。他人が同じことを言えば冷笑されて終わりだ。
「貴方方が負けた場合、小娘を此方に寄越して頂きましょうか」
言いつつ偽王国の騎士は下がる。直接は手を下さずに高みの見物ということらしい。
黒髪の若者達の動きは年齢の割には洗練されていた。だがそれだけである。
今は様子を見ているだけのようだが、偽王国の騎士が本気を出せば一瞬で地面に伏す羽目になるだろう。宮廷魔術師だった頃に何度か手合わせをしたので隊商長はそれが判った。
隊商長は『通鳥当主』という神の加護を受けているので、能力で様々な恩恵を受けている。ものすごく運が良いとか、魔術耐性が尋常で無いほどに高いだとか。だがその男は初手でその神の加護を剥がしに掛かる。神が『そうあれ』と定めた決まりを打ち砕く力をその男は持っていた。
実際に加護を剥がされたその時は流石は呪猫の次席だと思ったのだが、彼の目標はそこでない。呪猫当主を打ち負かす事が彼の目標だったらしいので、それはただの前準備でしかない。
奇跡を剥がされたあとは何度か地面と抱擁する羽目になった事を隊商長は思い出した。
「(仮に彼らが『何者か』であったとしても。今のままじゃ本当に勝てませんよ……)」
隊商長は通鳥当主としての加護で『見通す目』を持っている。だから、黒髪の若者が何やら特殊な存在らしい事には気付いていた。強いていうならば焦茶髪の男のような『勇者』あるいは『転生者』だろうか。
真剣なところ悪いが、偽王国の騎士は明らかに手を抜いている。それに気付かない限り、生殺与奪の権利は偽王国の騎士にしかない。
×
それから程なくして黒髪の若者達は偽王国の騎士が出した式神達を倒す。
「おや。思いの外やりますね」
言いつつも余裕そうに偽王国の騎士は手を叩く。
その直後、「隙あり、よ!」と薄青い髪の若者が偽王国の騎士に襲いかかり、魔術式が胸を貫いた。
「っ!」
その瞬間、凄まじい衝撃が魔女を襲う。頭が真っ白になって、何も考えられなくなった。
「打ち身のつもり、だったのに」
攻撃を放った薄青い髪の若者は青ざめる。魔女はほろほろと勝手に涙が溢れだすことを不思議がっていた。
「……血気盛んですねぇ」
血を吐き口の端から零しながら、偽王国の騎士は楽しそうに嗤う。
「……良いでしょう、目的は達成致しました故。此度は是迄」
言葉と共に偽王国の騎士は崩れて溶けていった。
「……大丈夫。偽物ですよ」
隊商長は魔女と若者達に告げる。初めから判っていたのだが、あえて言わないでいた。
「さっきの魔球は確かに人を貫かない強度のものでした。アレの強度が脆かっただけです」
それを聞き、若者達は安堵する。人知れず魔女も安堵した。
「怪我しているでしょう。傷薬です。高くつきますからね」
隊商長は傷薬を若者達に渡し、釘を刺す。
「そして、よくも約束を破りやがりましたね。次やったら本物の荷物にしますよ」
つまりは生かして運ばないと、通鳥なりの言い回しをしたのだが、若者達(と魔女)にはあまり通じていなさそうだった。
「胸糞悪いですが、移動再開です。止まっている方が魔獣に襲われますんで」
そうして、隊商は運行を再開する。




