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薬術の魔女の結婚事情  作者: 月乃宮 夜見
一年目

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季節の変わり目は色々と変化する。


「…………」


 春の陽光が差し込む部屋で、薬術の魔女はぼんやりと天井を見つめていた。春が来たので、あと1週間ほどで春休みが終わる。春休みが終われば、次は後期が始まるのだ。


「(えぇっと……何だったっけ……)」


 行儀悪くも椅子を後ろに傾けながら、薬術の魔女は少し前に引っかかったことについて、思考していた。


「……(……婚約者(あの人)関連のやつ……)」


先日の、『愛を返す日』に勝手に来訪された時に何か、気になることがあった。くったりと背もたれにもたれ、


「……はっ!」


唐突に思い出した。彼から香ったにおいのことだ。嗅いだだけで、気分がふわふわしそうになるような、そんな薬品のにおい。


「(お酒とは違う、気分がふわふわするにおい……)」


 椅子から降り、自身の部屋に置いてある薬品棚を漁る。


「(……気絶薬、興奮薬、抑制薬……麻酔、)」


 それぞれの代表的なものの入った小瓶を取り出し、瓶の蓋を開け手で扇いでそのにおいをわずかに嗅ぐ。


「(やっぱり、全部から少しだけするにおいだ……!)」


くらっと、やや目眩に(さいな)まれながら、どうにか薬品達に蓋をした。


「うぅ、頭痛い……」


一気に嗅ぐものじゃない、と当たり前のことを痛感する薬術の魔女だった。薬草水を飲み、一旦気分を落ち着ける。


「……これ全部に使われてるやつ……って、まさか、」


薬達を棚にしまい、次に薬術の魔女は本棚の方へ小走りで向かった。


「えーっと、確か……」


魔術師の男が『愛を返す日』に寄越した、お返しと言うにはやや()()()()()()分厚い高価な本を開き目的のページを開く。

 その名前は『失心草』。主に麻酔に使われる薬草で、時折気付け薬や鎮静剤にも使われるものだ。そして、特別な許可が下りないと採取も取り扱いも出来ない植物だった(薬術の魔女は許可をもらっている)。


「……この植物のにおいだった気がする。ちょっと違う匂いもしたけど」


 違う方の匂いは割と好みの匂いだった、ような気がする。けれど、


「……どうして?」


なぜ、そんな危険な薬草のにおいが。おまけに随分と濃く、彼から漂ったのだろう。


×


 薬術の魔女が色々と考えている間に、春休みは終わりを告げ後期が始まった。そして前期の冒頭と同じように、視察の魔術師達の紹介を少し行なってから授業が再開した。

 新しい魔術師が数名追加され、やや顔振りが変わる。だが、数名の軍部の魔術師と婚約者の魔術師の男は変わっていない。


「(……そっか、後期もいるんだ)」


と、なんとなく薬術の魔女は安心していた。


×


「なんできみから失心草のにおいがしたの」


「何です。(やぶ)から棒に」


 思い切って、魔術師の男を物陰に引っ張り込んで直接聞くことにした。

 魔術師の男はやや迷惑そうに顔をしかめていたものの、逃げずにその場に留まってくれるようだ。


「授業は如何(どう)なさったのです?」


「今からお昼休みで午後は授業ないの」


「……然様ですか」


やや諦めた表情で魔術師の男はいう。そして、懐から筆を取り出し、


「あ。それ、私の腕におまじないかけた時のやつ」


「……よくもまあ、憶えていらっしゃいましたね」


「杖じゃないから憶えてた」


「…………成程」


そして筆を空中に構え、


「うわー、空中にも文字書けるんだね」


さらさら、と空中に筆を滑らせる。

 そうすると、常盤色の線が生まれる。まるで、透明なガラスにペンで文字を書いているかのように真っ直ぐに書いている。


「……えぇ、まあ。普段はこうして使う物なのですよ」


 書き切ったのか、魔術師の男は線のでなくなった筆を懐にしまう。


「何したの?」


「防音と意識逸らしの結界を張りました。簡易的な物ですが」


「へぇ、すごいね! 二つも同時にかけられるなんて」


「……まあ、私は器用ですからね」


 目を輝かせる薬術の魔女からやや目を逸らし、魔術師の男は口元に手を遣る。


「……処で」


声をやや低くし、魔術師の男は魔女の方を見た。


「ん、なに?」


「…………この状況に、如何(どう)も思わないのですか」


「なんで? わたしとの話に外部から変な干渉が来ないように結界を張ってくれたんでしょ?」


「……そうですね」


 首を傾げる薬術の魔女に、魔術師の男は諦めたような息を吐いた。


×


「……」


 じっ、と薬術の魔女は魔術師の男を見上げる。


「…………何です」


と、魔術師の男が柳眉をひそめたその時、


「ちょっとごめんね」

「な、」


ぎゅ、と魔術師の男の胴体を抱きしめ、彼の服に顔を(うず)める。唐突な行動に、魔術師の男は目を見開き固まった。


「……うーん、今はしないみたいだね」


 魔術師の男から離れながら薬術の魔女は首を傾げる。失心草のにおいはしなかったものの、やっぱり何か良い匂いがしたなぁ、と思っていた。

 何か、良いお香のような匂い。


「…………うら若い女性が()の様な、人のにおいを嗅ぐ等、はしたのう御座いますよ」


 顔をしかめつつ口元に手を当てた魔術師の男が、薬術の魔女から身体を離しながら絞り出すようにいう。


「じゃあ、どんな相手なら良いのさ」


()の様な相手でも、です。……強いて言えば、身内……か、恋人等では有りませぬか」


「なら、(書類上だけど)婚約者だから別にいいじゃん」


 と、全く気にしていない薬術の魔女の様子に


「…………まあ、そうですが」


目を逸らし、魔術師の男は再度、深く溜息を吐く。


「なんでそんな……がっかりしてる?」


「しておりませぬ」


「そう?」


薬術の魔女は首を傾げる。


()れで。……何故、においの話をなさるので」


 魔術師の男は薬術の魔女に問いかける。


「きみが精霊から助けてくれた時、あとこの間の『愛を返す日』で抱き上げられた時。その時、きみから()()()()()()失心草のにおいがした」


「……然様ですか」


 魔術師の男を見上げ、薬術の魔女は口角を下げた。見上げる魔術師の男は、普段通りの涼しい顔をしているようだ。


「薬師ならまだ分かるけど、宮廷魔術師のきみからなんでそんなにおいがしたのかな」


 薬師は、薬品生成のための失心草の使用は許可されている。だが、それ以外の職業では普通は使わないもののはずだ。


「通常外の使い方をしたら、『乱用』で駄目、だった……と思う」


 眉間にしわを寄せながら思い出した、薬術に関する法律の内容を薬術の魔女は魔術師の男に説く。


「……『法律』が合格点を掠め取っていらしたのに、良く憶えておりましたね」


 面白いものを見たかのように、魔術師の男は目を細める。


「それは薬学に関わるやつだし何度も叩き込まれたからね」


「然様か」


「で、誤魔化さないで」


薬術の魔女が口を尖らせると、魔術師の男は目を逸らした。まるで『チッ、誤魔化せなかったか』とでも言いた気だ。


「……」


「どうして?」


 前は魔術師の男が薬術の魔女へ距離を詰めることが多かったが、今は薬術の魔女が魔術師の男に詰め寄っている状況だ。


「……()れは……私の仕事で、必要なものですからね」


魔術師の男は心底面倒臭いと言わんばかりに柳眉をひそめて答える。


「勿論、私は宮廷魔術師でありますから、国からの許可は降りていますとも」


「ふーん……そう。なら、別にいいよ」


あまり納得はしていなかったものの、『これ以上聞いてもどうしようもない』と察し薬術の魔女は質問を止めた。


「……ね、この場所からどうやって出るの?」


 空中に浮く字を見上げ、薬術の魔女は魔術師の男に問いかける。その字は魔術師の男が作った結界の核のようなものだ。


「…………()の札をお持ち下され」


手渡されたのは小さな札。手のひらに乗る、名刺くらいの大きさの硬い紙に、黒い文字が書かれている。


()れを持ち、結界を通れば擦り抜ける事が出来ましょう」


「へぇー」


札の裏や表を眺めながら薬術の魔女は相槌を打った。


「どうぞ、お先に行きなされ。御学友の方々がお探しでしょうから」


 魔術師の男は結界の方を手で示す。


「んー、それもそっか。ありがとう、きみの時間をくれて」


「……」


「またねー」


 手を振り、薬術の魔女は結界をくぐる。


「うわぁ、すごい……」


 結界を通り抜ける際に、魔術師の男に手渡された札の端が、じわりと燃え始めたのだ。

 それは炎を出して燃え上がるようなものではなく、火のついた紙が連鎖反応でゆっくり削れるように燃えていくような、静かな燃え方だった。

 最終的に、結界を抜け切った時、札は完全に炭のようになり崩れて空中へ溶けていった。

 振り返ると、さっきまで居た場所はただの棚が置いてあるだけの場所に見える。通常ならば魔術の結界の場合、魔力の存在感が有るはずだが、それが一切感じられなかった。

 薬術の魔女は、改めて彼の術の高さに感心したのだった。


×


 そして、薬術の魔女は廊下を歩きながら、少し口角を上げて笑った。


「(……やっぱりきみは、あんな状況だったにも関わらず、わたしになにもしないで返してくれたね)」


と。

 先に薬術の魔女を出したのも、結界内に閉じ込めないためだったのだろう。


「(結界を直接解かなかったのは、面倒ごとを避けるため、かな)」


 今は休み時間で、廊下にはたくさんのアカデミー生で溢れていた。


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