準備の話
魔女の次男は「用事がある」と言い、『霊の国』に向かった。『地の国』のすぐ近くにある、魔術の発展した国だ。
そこには『地の国』と同様に総合組合がある。
『地の国』の総合組合と同様に、建物内部は人で溢れている。その人込みの中を、魔女の次男は通り過ぎていく。
総合組合の長である魔女の次男が居るというのに、誰も彼には気づいていないようだった。
「……」
何かに気付いた様子で、視線を動かす。
すぐに対象を見つけ、魔女の次男は静かに端末を操作した。
数十秒後、何か笛の音がする。
直後、魔女の次男のそばを通り過ぎた男が警備隊に囲まれた。
「魔人だ!」
誰かが叫んだ。途端に喧騒が大きくなる。
「待ってくれ! 俺が何をしたっていうんだ!」
男は警備隊に取り押さえられ、どこかに連れ去られた。
一瞥もせず、魔女の次男は歩いて行く。
×
扉の横にカードをかざし、人通りの少ない廊下に出る。
ここは総合組合の職員が使う通りだ。魔女の次男は総合組合の長なので自由に歩き回れた。
どんどん人気のない場所へ行く。
それから、壁面がガラス張りの廊下で足を止めた。
視線の先に夜のような女が立っている。
「どうしました、隊長さん」
そこに居たのは次男の補佐官の副隊長だ。
濡羽色の髪に山吹色の目。夜空と月のような、静かな出立で魔女の次男を見つめ返した。
「やあ。調子はどうかな、」
魔女の次男は、愛おしそうに愛称で呼びかけた。とは言いつつ、後悔の混ざった苦しそうな声だった。
「いつも通りですよ」
「そうだろうね」
短く会話を交わす。普段なら天気の話や彼女の友人の話などを交えて談笑をするが、最近はそういうこともめっきり減ってしまった。
「また、捕まりましたね。魔人が」
副隊長は淡々とした様子でガラス張りの向こうを見つめる。それは会話が減った要因だった。
合わせて、魔女の次男も視線を向ける。
出入り口から、先程捕まった男が拘束された状態で複数名の職員に運ばれていた。魔人の男はこれから何をされるのだろうと恐怖で顔を歪ませている。
「無論、酷いことはしない。死にやしないのだから」
静かに魔女の次男は答えた。
そこには拘束された魔人の男以外にも、魔人達がたくさんいる。
『霊の国』の総合組合は、魔人達を使った研究がおこなわれている施設だった。
「彼らは大切な存在だ。この研究も、彼らのためでもある」
副隊長に呼びかけた時とは打って変わって、感情のない声で言葉を返す。
「そうですか」
やや悲しそうな顔で副隊長は項垂れる。
彼女は、魔人が捕まるそれを良しとしていなかった。
「無理矢理に捕縛して施設から出さないなんて、褒められた行為ではありません」
「君はそう思うか」
ゆっくりと副隊長は顔を上げる。そして魔女の次男の顔を見るも、彼は施設を見つめたままだ。
「今や、『魔人』はこの世界で何よりの脅威となっている。そんな彼等が野放しになっていると知ったら、民間人はどう思うだろうね」
「……」
「居場所を無くした魔人達に居場所を与えているんだ。寧ろ感謝して欲しいくらいだ」
やや冗談めかして、魔女の次男は副隊長に向き直した。
「そうですか。……持ち場に戻ります」
副隊長は踵を返し、歩き出す。
×
副隊長が去った後、魔女の次男も次に向かう場所に向けて再び歩き出す。
「……これで、君を戻せるだろうか」
小さく呟く。
「『熱』と何か契約を結んだ事は判っている。それのせいで君が……あんなことになるなんて」
僅かに肩を落とした。
「こうするしかないんだ。他の方法も無い」
他に方法など、あるのだろうか。
「もう、時間がない」




