最上階に着く
視界に満天の星が広がった。
樹木の10階層の星空は、魔女の知らない星空だった。
見たことのない配列、見たことのない輝きの、星々。
魔女は星には詳しくなかったが、知っている。
昔、共に星を眺めた誰かが、教えてくれたから。
「……」
潤む視界に、まただ、と魔女は唇を噛む。
どうして忘れてしまった人を想うと、こんなにも胸が痛むのだろうかと。
俯き、感情をこらえる。共に来た若者達は魔女の事情など知らないし、きっと驚かしてしまうだろうから。幸いにも涙は零れなかった。
「すごい、」
僕の世界の星だ、と黒髪の若者が零す。
「きみの世界?」
それって何、と問おうとしたその時。
「……人が居るわ」
そう、魔術使いの若者の硬い声がする。若者達に合わせて、魔女も魔術使いの若者の視線の先を見た。
若者達は樹木の奥を見つめているようで、そこから異様な気配がすることに魔女は気付く。
魔獣の様な強い悪意と、すさまじい魔力の気配だ。
樹木の奥には、冠を戴きヴェールを纏った玉座に座る若い女性が居た。
儚げで嫋やかな仕草、可愛らしい容姿をしているが。
「……何、アンタ達」
嫋やかな見た目に反し、鋭い眼差しで若者達を睨む。
「きみこそ、誰」
黒髪の若者は問うた。
魔女達が確認した限り、この日、若者達より前に巨大樹木に挑んだ者に単体の女性は居なかった。二人以上のグループを組むように決められているからだ。だからこそ、たった一人で巨大樹木の奥に居るその女性は異様だった。
「私は王国の大樹の守護の役を司る、『精霊の偽王国』の51番目」
堂々とした様で女は返す。まるで若者達などどうでも良いと言わんばかりの、明らかに見下した態度だった。
「『精霊の偽王国』……」
その名を聞き、若者達は身構える。若者達にとっては、共に冒険を始めた魔女を初対面で攫おうとした者の所属する集団であり、世界に悪名を轟かしている組織の名でもあるからだ。
だが、魔女は目の前の51番目と名乗った女性が魔女自身を気に留めていないことに気付く。
もしかすると、『精霊の偽王国』自体は魔女に興味を持っていないのかもしれない、と魔女は思考した。だが、あの『偽王国の騎士』を名乗った大男がなぜ魔女を狙っていたのかはわからなかった。
「アンタ達みたいな、見るからにひよっこの『冒険者』風情がなんでアタシの目の前に立ってるわけ?」
玉座に腰掛けた女性は気怠そうに頬杖を突き、「いつ樹木に入ったのかは知らないけれど、ほとんど無傷ってのが気にくわないわね」と、つまらなそうに視線を逸らす。
「僕達だって知らないよ! いつのまにかこの場所にまで来ていたんだから!」
「それに魔獣退治は別に簡単でもなかったし、怪我は仲間のおかげで治っているだけだよ」と、黒髪の若者は主張した。
「『いつの間にか』って、そんなわけないでしょ?! 魔獣とか色々いっぱい配置してたのに!」
玉座から立ち上がり、心外だとばかりに51番目は若者達の方に近付く。
なんだか、子供の言い合いのようなものが始まった。
「……あれ、なんだろ」
つい、とよそ見をしていた魔女は、きらりと光る何かを見つけた。それに吸い寄せられるように、ふらりと歩き出す。
×
「わぁ……綺麗」
最上階の森の奥、開けたそこには4色に輝く実があった。
どうやら色は樹木の葉に似ているようだ。
マーブル模様で、不思議な煌めきを持っている。
木の実は遥か高い場所にあった。
そのはずなのに、気付けば手の届く位置にある。
思わず、魔女はそれに手を伸ばした。
ぷち。
手のひらの上で木の実の千切れる音がして、手元に木の実のずっしりとした重みがかかる。
その瞬間、木の実が消えた。
「あれ」
不思議そうにしている合間に、樹木が震え出す。
我に返った魔女は、急いで若者達の元に駆け出した。
若者達と51番目はいつの間にか戦闘を行っていたようで、周囲が荒れている。
「この揺れ、何?」
震え出した樹木に、若者達は警戒した様子で周囲を見回していた。
「脱出しよう!」
黒髪の若者の言葉に魔女は頷く。みるみるうちに周囲の景色が崩れ始めていた。この景色を、魔女は初めの樹木探索で見ている。樹木が消える兆候だ。
「あなたも、一緒に出よう!」
そう、黒髪の若者は51番目に手を差し出すが、その手は拒まれた。
「早く!」
誰かが叫び、若者達と共に、脱出用の魔道具を使い巨大樹木の中から出る。
「アタシ、まだ何もしてないのに……っ!」
消える間際、そんな悲鳴が聞こえた。
×
若者達と魔女は、巨大樹木の根本周辺に着く。周囲は震えだした巨大樹木に「何事だ」と騒ぎが起こっていた。とにかく巨大樹木から避難をしようと、人々が動く。
それから少しして、樹木がばらばらに分解してふわりと消え去った。
樹木があった場所には、やはり巨大な穴が出来ている。
穴に現れた巨大な灰のような銀色の目が、嬉しそうに細まったのが魔女には見えた。




