樹木に入る
近くで見た樹木は、岩石結晶のような不思議な肌をしていた。
赤みの無い明るい黄色の葉や暗い灰みの黄緑色の葉に紫味を帯びた赤褐色の葉、黒色の葉が豊かに茂っている。4色の入った葉もあるようだ。
魔女がふと足元を見ると、4色の入った葉と岩石結晶のような斑らな枝を見つけた。
「変な色の葉っぱと枝」
魔女は小さく呟いた。
紅葉や斑の入った葉、病気の葉なら見たことはある。だが、きっとあの葉や枝はそういうふうに作られているのだ。
魔女の次男である総合組合の長は「すまない、これから用事があるから案内はここまでだ。危なくなったら引き返してくれ」と若者達と魔女に告げ、いなくなってしまった。居なくなるついでに樹木から外に脱出するための魔道具ももらった。
「……どうする?」
樹木の目の前で、若者達と魔女は立ち尽くす。黒髪の若者は仲間達を振り返り問うと、
「とにかく入るしかないでしょ」
「樹木から脱出できる魔道具も貰いましたし、三層くらいを目標に入ってみるのもいいと思います」
そう、心強い返答があった。
「きみはどう?」
黒髪の若者は魔女に問いかける。
「枝と葉っぱも見つけたし、樹木の中の(植生の)状態とかも気になるし。一緒に入るよ」
魔女は黒髪の若者を見上げた。
「分かった。じゃあ、一緒に樹木に入ろう。一緒に入れば怖くないよ、きっと」
「うん」
自身にも言い聞かせるような黒髪の若者の言葉に、魔女は頷く。実際、一度樹木に入りかつ伐採まで済ませているので怖いも何もないのだが、油断はしないほうがいいだろうと考えた。
ということで、若者達と魔女は樹木の中に入ることとなる。
×
岩石結晶のような巨大な木の幹に、人が通れるくらいの大きさの巨大な洞が有った。その中は光る膜に覆われており、中は見えない。
きっと、魔女がやったように、誰かが幹を枝で触れたのだろう。
洞の側には樹木に入るための受付があり、そこで手続きを済ませた。
「じゃあ、早速入ろう」
黒髪の若者が先頭に立ち、光る膜に触れる。
「うわっ!?」
触れた瞬間、黒髪の若者はするりと膜に吸い込まれ、その中に姿を消した。
「大丈夫?!」
魔術使いの若者が慌てて声をかけると「大丈夫。びっくりしただけだよ」と若者の声が返される。
「魔獣も居ないみたいだよ」
意外と呑気そうな黒髪の若者の声に魔術使いの若者、聖職者の若者、は安堵の息を吐いた。
「……続くわよ」
意を決した様子で魔術使いの若者が光る膜に触れ、聖職者の若者、魔女が続く。
×
巨大樹木の中は、相変わらず高い空があった。目の醒めるような晴天が。
「すごい……」
巨大樹木の中に入ったはずなのに空がある、その状況に若者達は驚いているようだ。魔女も初めはそうだったので、彼らが落ち着くまでそのままにしておく。
当然ながら、樹木の中には様々な植物が生えていた。
平原のような景色と高い空……と、どこからどう見ても平和な視界である。
「(……ちょっと植物や鉱物の種類が違う)」
足元や周囲を見て魔女は思考した。
×
それからしばらくして階段を上がり、獣が現れるようになる。
「(出てくる動物達も、ちょっと違うんだ)」
運良く樹木の探索途中の人にも合わず、すいすいと階層を進めて行った。
そして曇り空の下、扉にまでたどり着く。
「……扉」
魔女は小さく呟いた。
何か、大事なことを忘れている気がしたのだ。
「なんだっけ」
禍々しい装飾の扉を開け、その先に若者達は進む。
×
「……今、何階目だっけ」
少しして、黒髪の若者は周囲に問うた。星の無い宵闇の空の下で。
「……結構、上がった気がするけれど」
面倒そうに魔術使いの若者は答える。
「そういえば、そうですね」
聖職者の若者も「数えていた筈なのに」と呟いた。
それにはっとして、魔女は空の色について思い出そうとする。
「澄んだ空気に冷たい風、暗い空、朝方、青空、快晴、夕方、夕闇、宵闇……そして、星空」
指折り数え、今の空は宵闇だと思考する。
「……多分、九階だよ。ここ」
魔女は零し、「そんな馬鹿な」と若者達は驚いた。
「だって、今まで倒した魔獣達、そんなに強くなかったよ?」
「落とした素材は珍しいものが多いとは思っていたけれど……」
だが、
「言われてみれば。3階層に扉が在って、それから少なくとも5回は階段を登りました」
と聖職者の若者は冷静に答える。
気付けば、若者達と魔女は九階層を突破していたのだ。




