王国伐採6
「其れでこそ、貴女だ」
魔女が魔法を使うと、なぜか満足気に目を細め偽王国の騎士はくつくつと笑う。
気にせず、魔女は魔法で偽王国の騎士に抵抗する。
「ふっ!」
魔女は腰に下げていたナイフを2本抜き出し、炎を纏わせた。
「おや。仕留めるお積もりですか」
偽王国の騎士は笑みを止める。途端に、空気が張り詰めた。
炎を纏わせたナイフは、留めを刺すつもりがないと魔女は使わない。そのことも、どうして知っているのだろう。
「やっ!」
構わず、魔女は炎を纏ったナイフを数度振るった。頚動脈や静脈、腱などを確実に狙い仕留める動きだ。
だが、それを全て徒手で綺麗に去なされた。
炎を瞬時に消され、ナイフの背や腹を器用に捉えて軌道を逸らされる。
「なんで、わたしの動きを知ってるの?!」
馴染みやすい魔女の魔力の特性を利用し、速度を不規則に加速させた。そのはずなのに、偽王国の騎士は全てを見切ったのだ。
「何故、と。……ふふ。何度も手合わせした仲ではないですか」
戸惑う魔女に対し、偽王国の騎士は余裕そうに、だが警戒した様子で魔女を見下ろす。
「きみみたいな人、知らないもん!」
「おやおや、連れ無い事を」
魔女が叫ぶと、偽王国の騎士は眉尻を下げて肩を竦めた。やっぱり、知らない。そんなに態度を表出する人なんて。
「ふん!」
魔力の性質を使い、魔女は高速で移動する。
そうして、横を抜けようとした。
「わ!」
「ふふふ……捕まえましたよ小娘」
だが、すり抜けられずに腕を掴まれた。
馴染みやすい魔力の性質を使い、物理的にすり抜けるつもりだったのに。
「なんで」
「くく……敢えて逃してやっているのだと、何度言えば解るのです。小娘」
愉悦に目を細め、偽王国の騎士は腕を掴んで魔女を持ち上げる
「ん゛ー! そんなこと言われても知らないもん!」
ばたばたと足を動かして蹴ろうと試みるも、届かない。偽王国の騎士の腕の長さに対し、縮んだ魔女の脚の長さが足りないのだ。
「何故、逃げるのです?」
「だって、怖い」
取って食らわんとばかりの、その据わった目付きが特に。
魔女を捕獲した後には物理的に喰らいそうであった。
「嗚呼、失礼。昂ってしまい思わず」
久々の貴女なので特に、と偽王国の騎士は零す。「怖くないですよ」と柔和に微笑んで見せるが、微塵も安心出来ない。
「なんでわたしのこと捕まえるの」
「私には貴女が必要だからですよ、小娘」
まるで愛おしいものを見るかのように、偽王国の騎士は目を細めた。
知らないはずなのに、不思議と胸が痛くなる。
嬉しくて、悲しくて、ムカついた。色々な感情がない混ぜになって、涙が勝手に溢れ出す。
「小娘じゃないもん!」
声は震えて、視界は滲んだ。ぽろぽろと涙が溢れ落ちる。
「存じております。こんなにまあ縮んでしまって……」
何があったのです、と偽王国の騎士は空いている方の手で魔女の頬に手を添えた。
その手付きに「やっ!」と顔を背ける。
「……呪いだもん」
「は?」
魔女の呟きに、偽王国の騎士は柳眉をひそめた。
「呪いをかけられたんだもん!」
好きでこんな姿になってない! と偽王国の騎士を睨み付ける。
「はぁ」
偽王国の騎士が感知できる限り、呪いはかかっていない。それを告げようとした時、
「嫌いだもんっ!」
「な」
魔女は叫んだ。
「きみなんて、大っ嫌い!」
顔を真っ赤にさせて、魔女は訴える。そうして、泣き出した。
「お、お待ちを小娘」
先ほどとは打って変わり、偽王国の騎士は酷く狼狽える。魔女の頬を撫で、溢れる涙を指先で拭う。
「其れ、本気で仰ってます?」
「……本気だもん」
べ、と魔女が舌を出すと、偽王国の騎士は顔色を悪くした。
「ど、何処が気に入らぬのです」
「おめめ!」
「……其処以外は?」
「ふんっ!」
「そうですかそうですか。此の目だけが気に食わぬのですね」
ぷい、と顔を背けると、次は心底安堵した様子で息を吐く。
「髪も違うもん……」
「まあそれは代償として使うております故、御容赦下さいまし。さ、私と共に行きましょう?」
気を取り直したのか、にこ、と偽王国の騎士は笑みを浮かべた。
「や」
「……此の私から、逃げられるとでも?」
微笑んだまま、偽王国の騎士は言葉に圧を乗せる。
「嫌! あっち行って!」
叫び、魔女は全身から魔力を放出した。
「ぐっ……!」
それに怯んだのか、一瞬、掴む力が弱まる。その隙に魔女は身体を捻り拘束から逃れた。
「……ふふ。久々の魔力は……きますね……」
刺すような痛みを与えるはずなのに、偽王国の騎士は目元を赤くし熱っぽい息を吐く。
「何この人怖」
怖いというか気持ち悪いが近い表現なのだが、魔女にはその語彙が無かった。
拘束からは逃れられたものの、追い詰められている現状は変わらない。
「逃しませんよ、小娘」
そして偽王国の騎士は、今度こそ触れようと手を伸ばした。
その時。




