身程
春来の儀を終えた後の祝賀会は、国内で最も目出度い日なので滅多に領地を離れない当主達がわざわざ王都まで足を運び、王へ挨拶に現れる。
挨拶を許されているのは伯爵以上の貴族の当主のみで、それ未満の爵位や当主以外の貴族達はただ、そこにいるだけだ。
通常、呼ばれても子爵までしか来ない。男爵など、平民に等しい身分であり、その場に行くこと自体が烏滸がましく身の程知らずであるとされているからだ。
しかし、宮廷魔術師は元がどのような身分であれ、『宮廷に所属している』と言う理由だけで祝賀会への参加が強制させられていた。
高貴な貴族達の目に触れないよう、魔術師の男は柱の影にでも潜んでおこうと下がった。
刹那、
「おや。姿が見えぬと思うていたが、此の様な処に居ったか」
最も聞きたく無かった声が背後から呼びかける。
「……嗚呼、どうも。私は宮廷魔術師の身分故、高貴な皆様方のお目汚しをしてしまうと思いまして」
魔術師の男は余裕を見せるようにゆっくりと振りかえり、笑みを浮かべる。言いつつ、自身の退路を確認していた。
「斯様に、怯えずとも良いだろうに」
口元を隠しながら穏やかに笑うのは、魔術師の男の身に流れる古き貴族の血の、本家の当主だ。
「僭越乍ら。私奴依りも構うべき相手が御座いましょう、」
家名を続けようとしたそれを手で制され
「昔のように、『兄上』と、呼んでくれても良いのだよ」
そう、薄く微笑まれる。
明らかに身分の高い者の発したそれは『呼べ』と命令しているようなものだ。魔術師の男は笑みを貼り付けたまま
「…………兄上」
そう呼んだ。
目の前に立っているのは、自身よりも優秀で、分家の出自でありながら本家の当主となった男。
「ふふふ、一体何時振りだろうか。お前にそう呼んで貰えたのは」
穏やかに微笑むその様子に合わせて、魔術師の男は精一杯穏やかな笑みを浮かべて見せる。
「(……嗚呼、)」
憎い。
目の前にいる男は、魔術師の男の全てを台無しにした男だ。
「(お前の所為で私が認められた事等、生まれてからたったの一度も無いと言うのに)」
心穏やかに笑っていられる訳が無かった。
「……貴方が本家へ入った頃でしょうか。……懐かしゅう御座いますね」
顔が歪まぬよう、魔術師の男は口元に手を充てる。
「(如何か此の儘、遣り過ごせるのならば)」
その内心を知ってか知らでか、当主は問いかけた。
「其れで――お前の婚約者の姿はどうしたのだね。婚約の予定は契ったのだろう」
「……ご存知でしたか」
矢張り、逃げられるものでも無かったか。と、魔術師の男は内心で舌打ちを打つ。
そもそも、この男がわざわざ声をかけた一番の理由なのだろう。
「風の噂で聞いた。お前から教えてくれるのを待っていたのだが、一向に知らせてくれぬとは……悲しかったぞ」
「はぁ」
穏やかに笑っているその顔の何処が悲しいと言うのだと、隠した口元がやや引き攣りかけた。
「其れで。お前の婚約者はどうした」
当主は心底不思議そうに問いかける。
この祝賀会では、ほとんどの者が婚約者や妻等を連れていた。おまけ扱いの宮廷魔術師ですら。
だから、同じようにつれてくるものだと思っていたのだろう。
「……彼女は学生の身分でありますので。学ぶ事が学生の本分で御座いましょう」
「ふむ」
元々、魔術師の男は呼ぶつもりも無かった。興味は無いだろうし、窮屈だと嫌な顔をするのが容易に想像出来たからだ。
「折角その顔を見てやろうと思うていたが、居らぬなら仕様が無いな」
そう、当主はやけにあっさりと身を引き、
「来年ぐらいは見せに来なさい。……楽しみに待っているよ」
そう言い残して去る。
「……」
返事をすれば見せなければならないので、聞かなかったふりをした。




