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薬術の魔女の結婚事情  作者: 月乃宮 夜見
一年目

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春雷


 穏やかな陽光が空から覗く。その光に刺され、目を開いた。


「…………」


 春来の儀の後、神と直接相(まみ)えたとして()()()()()()()()()()宮廷魔術師達は状態を問わず、物のように身体の至る所をも清めさせられた。

 清められるこの瞬間ばかりは、気を失った方が良かったと後悔するような扱いをされるが、抵抗する気力すら残されていない。

 そして清められ、()()()()()の手によって清められた部屋へ全員が投げ込まれた後が現状である。

 清潔さと潔癖さを全面に押し出したかのように真っ白な壁や床に、金属の管で作られた簡易的な寝台とその枕元に簡易的な小さな台とが並んだだけの部屋。

 清められた者達は、生成りの簡素な植物繊維の衣服を着せられている。普段着と異なり、肌触りが悪い。


「……(陽光が、痛い……)」


 魔術師の男は目を細め、今回も無事に儀式を終えた事を悟った。

 この国では年に一度『春の神』()()が召喚されるので、幾分かはましである。国によっては、年に様々な神を数度呼んでいる所もあるからだ。


「……(矢張り、春の神(アレ)は)」


 本来ならば接触してはいけないはずの、強い穢れではないのか。あんな(おぞ)ましいものが神とは到底、信じがたい。


「(……だが、恵みと実りを与えるのは確か、か)」


 神が居た場所に残された宝珠を思い出す。あの宝珠が祀られている間は春と夏と秋が()()

 宝珠は飴玉のように、段々と小さくなり秋が終わる頃にやがて消える。


「(…………消えなければ、)」


 何度も、あんな(おぞ)ましい神など呼び出さなくとも済むだろうに。いや、逆に日照りに苦しむようになるかも知れない。


「(()れは其れで()()()()())」


その時は、一体何の神を呼ぶのか。

 神の姿は、魔術師の男が初めて春来の儀に捧げられた一度目にだけ、うっかり直視してしまった。

 しかし、ただの宮廷魔術師には見えていないらしい。誰も、姿の話をしないからだ。

 だが、()()()()()()()()()()()()は、そもそも宮廷魔術師などになるわけもないので、姿の有無の確認が出来ない。

 姿を見てしまった際に、穢れに耐え切れず目玉が焼き切れた、ような気がしていたのだが、こうして目があるので治療されたのだろう。


「(……然し、)」


 目を閉じ重い腕を動かして、そっと目蓋(まぶた)越しに自身の目に触れた。


「(()の様な、目に成るとは、)」


目蓋越しでも自身の手が()()()()()

 それだけでなく、目に魔力を流し込めば式神を使わなくともある程度の遠方が見え、思考を読み、睨んだ対象を硬直させる事が出来る。

 魔術師の男は生まれのお陰か、元より魔眼を持っていた。それは精霊の(たぐ)いと魔力が観測出来る程度のものだったが、神を直視して以来、邪眼のような力を目に宿していた。


「(……だが、邪眼では無い)」


 書物によると、()()は光るような目をしているのだと。魔術師の男の目の奥のように、魔獣のように濁った赤い色をしていないという。

 だが、この目はどの仕事でも役立っているので魔術師の男に不満はない。顔から腕を下ろし、楽な姿勢をとる。


×


 ふと、部屋の出入り口付近に人影があることに気付く。目を閉じたまま、そちらに視線だけを向ける。


「……あのぉ、大丈夫ですか?」


胡桃色の頭髪の……転入生の女学生の姿があった。恐らく、聖女修行の名目で儀式の場にその身を置かせていたのだろう。側には器の置かれた車付きの台があるようだ。


「……どなたか、起きていませんかぁ?」


 恐る恐ると言った様子で、死んだように眠る宮廷魔術師達に声をかけている。


「え、と……お食事、ここに置いておきますね」


 食事を届けに来たらしい。まだ一応食事と呼べる流動食を入れた容器を、車付きの台から眠る者達の(そば)の台に置き、そっと部屋から離れて行った。


 気配が無くなった事を確認してからゆっくりと起き上がり、器を手に取る。


「(……(ようや)く、真面(まとも)な食事が摂れる)」


 乾燥した口を器に付け、流動食を流し込む。しかし、魔術師の男には野菜のにおいと滑らかな舌触りしか感じなかった。味覚が少し麻痺しているらしい。

 呑み込んだそれがひりつく喉を、ゆっくりと潤す。春来の儀が始まる頃には養分を溶かし込んだ水しか体内に入れていなかったからか、酷く胃に沁みた。


×


 その翌日、聖女候補と教会から派遣された者達が動けず横たわる宮廷魔術師達の部屋に現れた。宮廷魔術師達を介抱するためだ。


(わたくし)6()()()で既に慣れておりますので、他の方々へ施して頂ければと」


 と、魔術師の男は、聖女候補が渡そうとした水をやんわりと押し返す。

 周囲では教会から派遣された者達が他の宮廷魔術師達の状態を採血や検査等を行い確認していた。

 宮廷魔術師にさせられた時から今まで、春来の儀は結界内で過ごしてきた。恐らくは適齢期が過ぎる頃、あるいは使い潰れるまで、魔術師の男は儀式に捧げられるだろう。

 ほとんどの魔術師達は4、5回捧げられた後は気が触れるか死ぬので、3回までに留められているのだが。


「……でも。一番、魔力が吸われていませんでしたか?」


 聖女候補が差し出した水の正体は、魔力を回復させる特殊な水である。

 どうやら、この聖女候補は魔力を観測出来る程度の目を持っているらしい。精霊等はまだ見えていないだろうが、恐らく聖女になる頃には見えるようになるのだろう。

 そして、聖女候補が修行の末に聖女になるのは成人した時だった筈だと、魔術師の男ふと思い出した。


()の様に見えましたか」


 その言葉を聞き流しながら、薬術の魔女が成人する頃には相性結婚の制度は撤廃されているのだろうかと思考をしていた。


「お気遣いなく。私は慣れておりますので、他の方々へ()()施されて下さい」


 特に、魔力の不足により魂を削られた者に優先して渡して欲しいと伝える。対処が遅ければ、失われた分の魂を魔力で補填出来なくなるのだ。


「私以外の、特に重症な方にその水を飲ませてください」


「……分かりました」


やや(いぶか)しげな表情をしながらも聖女候補は水を下げ、教会の者と同様に、ようやく起き上がれるようになった者達の介抱に向かった。

 魔術師の男は既に、外へ出歩ける程に回復している。この回復力の高さは恐らく自身に古い貴族の血が流れているからなのだろうと、見当を付けている。

 そして、宮廷魔術師達がある程度回復するであろう4日後に、城内で全ての貴族を対象にした春を祝う祝賀会が行われるのを思い出し、心底嫌になった。


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