理解と慈悲5
「あれ? いたくない」
うつ伏せになって落ちたので、頬や身体の前面にそれらがもろに触れていた。そして、現状を理解出来ていない魔女は、乗っているものをそっと撫でる。
「……わ!」
柔らかくて温かくて、もふもふだった。
やや紫色を帯びた黒い色味のもふもふは非常に手触りが良く、ずっと触っていたい気持ちを湧き起こす。表面は滑らかだが、少し埋めるとやや色の薄く細く柔らかいものに触れた。
乗っているそこはゆっくりと上下し、肌に触れている箇所から鼓動のような振動を感じる。
よくよく耳をすませば、周囲の葉擦れや風の音で消えそうなほど、かなり小さな呼吸のような音が聞こえた。それと同時に、何か低い音もしている。
「(……これは)」
そのもふもふをゆっくり撫でて触れているうちに、それが何か動物の毛皮らしいと気付いた。そして、その動物は魔女をあっさりと殺せるであろう事も。
だが、不思議と恐怖は抱かなかった。
魔女は静かに身体を起こし、乗っているものの全体像を確認する。
頭らしき箇所が魔女の前方に、尾らしきものが魔女の後方に見えた。尾らしきものは随分と長くて太い。足を閉じて身体をやや捩らせた姿勢らしく、尾は側面側にあった。
そして頭部らしき方向に顔を近付ける。
顔があった。
それは間違いなく、獣の顔である。人間と違う骨格の尖った鼻先や顎に、頭頂部側には大きくて尖った耳があった。
「(ねこちゃんだ!)」
耳の先にヤマネコの耳毛、つまり猫の耳の先端から上に向かってピンと生えている毛があるので野生味の強い猫だと分かる。
それと同時に、呼吸に紛れて聞こえる低い音の正体にも気付いた。猫が喉を鳴らした時の音だろう。随分とリラックスしているらしい。
そして太く長い四肢の位置から、猫は仰向けに近い形で寝転んでおり、魔女はその猫の腹部か胸部の上に着地していたのだと知る。
「(すっごい……)」
どうしようもないくらいに、大きな黒い猫だ。おまけに周囲というか、猫自体から、怨念の塊のような酷い気配がする。普通の人間だったら近付く前にその気配の悍ましさに顔を背ける程に。
黒っぽい毛並みに『魔獣だったらどうしよう』と、不安が過った。
そう、内心で思いつつも
「ねこちゃん!」
魔女は目を輝かせて猫に引っ付く。身体は正直だった。
そして引っ付くと、ふわりとお香のような良い匂いがした。
「もふもふ!」
柔らかい毛並みに、更にもふっと埋まる。長毛種で、毛並みが綺麗で、良い匂い。ぎゅっと、小さな紅葉のような手で毛並みを握り、大きな猫に抱き付く。
暫くして、猫が低く唸り目を開いた。
それは深い緑色をしており、作り物のように綺麗だ。
「わたしね」
目が合った途端、魔女の目から涙が溢れ出す。
「ずっと、きみに会いたかった気がする」




