運命と知恵
『星が落ちた日』から、人間の『亜人化』が始まった。
人間の魂でない者や、魔獣の血が混ざっていると言われる家の者、異国の血が混ざっている者など、さまざまな人が毛皮を持つ獣人や羽毛を持つ羽人、鱗を持つ鱗人などへと変化する。
天地の変動とは別の方向で3年ですっかり世界を変えてしまったそれは、受け入れられる者、嘆く者などを作りさらに人々に格差を与えた。
亜人の差別が始まったのだ。
差別は世界中で行われ、魔女の住む国でもその影響はあった。
だが『古き貴族』の者や4つの公爵家の者など、他の国よりも亜人化した者の身分が高かった。その上、僅かでも身体が変化した人数の多さゆえに他国よりも差別は酷くなかった。
交魚と通鳥の人達は海と空への親和性が高まり、差別の届かない場所にまで逃げられるようになる。さっさと見切りをつけて離脱しよう、と内部の分裂が起こった。
簡単に言えば、交魚は友人Bの率いる回遊の鱗人以外は海中や海底へ移動し、通鳥は人の姿でなくなった羽人が国を出て行った。
ただ国を出ただけではなく、通鳥当主の巻き毛の女性は、羽人化した者を率いて荒れた国々を渡り歩く『隊商』を作る。そして、国内に残った伴侶の人事中将の男に人間の通鳥の者のまとめ役を任せ、商品の流通と同時に他国の情報を仕入れる事にしたという。
「宮廷魔術師を辞める丁度良い言い訳にはなりましたね。結構横暴な感じですけど」
とは通帳当主本人の談だが、
「なんでお前がいない縄張り守んなきゃならねーんだよぉ」
と伴侶は嘆いた。
×
それから少しして、王族である軍の総司令官が亜人種の安全性を告げる。
そもそも、魔女の住む国では人じゃない姿の亜人種の方が多い始末なので元から騒ぎは酷くなく、あまり収束には役立たなかっただろうが、以外と国外には響いたらしい。
故に、総司令官は亜人種達の支持率を上げたという。
そして亜人種を迫害した方を捕縛し、メンタルケアする手法が取られた。
しばらくして亜人化の範囲は差別してもしょうがないレベルにまで広がり、総司令官の言葉もあって差別の程度は減っていった。
もう一つ、『魔女』の作る薬が亜人化を抑える効能があると知られるようになり、また感染るようなものでもないと知られたのもその一端を担っただろう。
しかし、亜人種と人間の間に溝が生まれた。
そして差別は完全に無くなった訳でもない。
×
「ん゛ー」
魔女は唸っていた。
自身の執務室の側に作った私室の寝台の中で。
「どうしたんですかー?」
無駄に顔の良い金髪の方、つまり補佐官1の声が扉の外からする。トントン、と丁寧なノックの音も添えて。
「何でもないよー!」
叫びながら、魔女は寝台から出ようとはしなかった。
「もう諦めません?」
辛辣な銀髪眼鏡の方、つまり補佐官2が呆れた様子で肩を竦める。
「どうせ、まだ出発には日もありますし」
と、補佐官2はなんとなく魔女を気遣っているような言い方だが、初めに発した言葉通りにただ諦めただけであった。
「でも……準備は念入りにしたほうが良いと」
困った様子の補佐官1は扉の前で項垂れる。
魔女が寝台の中に引きこもっているのは単に過去の行動を恥じていたからだ。
記憶を失っていたとはいえ、どこからどう思い出しても幼児としか言いようのないわがままで自分勝手な自身の言動が、理性を取り戻した自身を襲っていた。
「あーーーもーーーう!」
顔から火が出そうなくらいに恥ずかしい。
だが叫んでも室内には防音の結界を張っているので叫んでも補佐官達に聞こえる事はない。
最悪だ、最低だ。あんな醜態をよりにもよって子供達の前に晒してしまうなんて。
「あーーーーーー」
叫んで、疲れて、ベッドに倒れ込んだ。
「……」
そして『あの人に見られていないのが一番の救いかな』なんて思い、それが誰だか思い出せない事が酷く悲しくて涙が溢れた。




