異化5
本物の魔女に会う為に、魔女の次男は実家へと向かった。出迎えてくれたのは、世話を行う魔女の三男だ。
「急にで悪いね」
一瞬、次男の変化に驚いた様子を見せたものの、三男は迎え入れる。
「いや。問題は無いよ。丁度、伯父さんも兄貴に話したい事があるんだって」
次男が軽く謝罪をするも、三男は来客については気にしていなかった。
きっと、屋敷に来ると判っていたのだろう。
「母さんと姉さんは母さんの部屋にいる。伯父さんは居間の方だ」
そう言い、次男を居間に案内する。
×
「矢張り、そうなったか」
と呪猫当主は頷く。魔女の次女が屋敷に来てから居座っているのだ。因みに魔女の次女は呪猫当主を置いて呪猫へ戻った。
「知っていたのなら、もう少し細かく教えて欲しいものですが」
やや苦々しい表情で、次男は居間のソファに腰掛ける。それから三男の出したお茶を受け取った。
「恐らく魂の発露だろう。天地が緩んで同様に皆の肉体も緩んでいるようだからね」
呪猫当主は神妙な表情で推測を話す。だが、見た目が可愛らしいデフォルメチックな猫なので格好が付かない。
「魂の発露……って、時間が経ったら死ぬとかないよな」
呪猫当主の言葉を受け、三男は焦った声を上げる。
「勿論だとも。まあ、寿命で死ぬ事は有るだろうけれどね」
飄々とした様子で呪猫当主は肯定した。それを聞き、三男は安堵した様子で肩を落とした。
「……ところで、いつまで居座るつもりですか」
ちら、と格好の付かない呪猫当主を見、次男は問う。
「元に戻るまで、だろうね」
少し考える仕草をした後、呪猫当主は答えた。
「肉体の解呪を終え、魂が肉体へ戻れる状態に成れば戻るとも。今の状態では何の役にも立てないのだから、此処に居る事が最も安全なんだ」
この屋敷に掛けられている防御系統の術式が良いのだそうだ。自身が『術が使えない』とか何とか言っていたのを次男は思い出す。
「呪猫の当主の役割はどうなるのですか」
国を護る、という大事な役割があったはずだった。
「斯様な緩んだ世界で、現在の私の護りが使える訳が無いだろうに」
困った表情で呪猫当主は答える。
「……と、言いたいところだが。こういうこともあろうかと、既に代行は立てておいた。先代の死犬当主のようにね」
呪猫当主は明るく笑った。
その言葉に、次男は自身の友人であり現在は上司の歩兵中将を思い出す。彼は死犬当主であり、少し前まで動けない父親の代わりに当主代行をしていた。
彼はどうなったのだろうかと、少しよぎった。
「食事は香で十分だ」
言いつつ、呪猫当主は三男の置いたお茶の器に近付く。
「嗚呼、実に良い薫りだ。茶を淹れる事が上手くなったようだね」
呪猫当主の離れた器を次男は見遣った。なんとなく、湯気や存在感が薄まったような気がする。
「飲まない方が良い。味が無くなってるし虚無みたいになってる」
と三男は言った。
「本当に、死んだみたいだよな。匂いだけを食うとか」
呟く声に、匂いを吸われた後の何かを口に入れたのかと、少し次男は思う。
本物の魔女は、ねこのぬいぐるみを抱いたまま、本物の幼児のように屋敷内で遊んでは寝て、思い出したかのように泣いては寝てを繰り返していた。
今は長女が面倒を見ている。長女はしばらく研究をしながら材料を集める予定だったとかで、研究機関に長期休暇の申請をしていたそうだ。
「材料、おうちで採れるし」だとか。
あの様子じゃ、薬を作ってもらえるわけがないだろうと、次男は諦めていた。
「其れで。お前の異変は、『魔女』と其の親類等には見せたのかな」
次男を見、呪猫当主は問う。
「まだ見せておりませんが」
「恐らく、彼女でないと直せないだろうね。まあ、簡単に言えば薬を作れるのが彼女だけという話だ」
返答に満足し、問うた理由を教えてくれた。
「話が出来るかは不明だが、屹度関わっている彼らが多少は手伝ってくれるはずだ。魔女の力で姿を変えているであろう二柱は、共に『善性』を宿しているのだから」
勿忘草色の目を細め、呪猫当主は告げた。
そうして、塔のような樹木が生えた後から、姿形が変わった人々の話を聞く様になる。




