異化3
「……はい。本題はこちらです」
真っ直ぐに『魔女』を見つめ、徐に魔女の次男は自身の目元に触れる。そうして、自身の両目に掛けていた阻害の魔術を消し去った。
途端に、縦に細く裂けた鰐のような虹彩があらわになる。
「…………ふぅん?」
驚く補佐官達を他所に、『魔女』は冷静に見つめ返した。
「突如、私の目がこうなりました」
答えながら、『魔女』の作られた赤色の目には、異常が見られないことに気付く。『魔女』ではない、彼本来の緑色の虹彩は何ともない、のだろうか。
「道理で。きみが眼鏡を必要とするなんて随分と珍しいものだと思っていたんだ」
にこ、と笑みを浮かべ『魔女』は相槌を打った。
「視界にやや変化もあります」
より眩しく感じる副隊長からやや視線を逸らしつつ答える。
「大丈夫?」
「はい。業務への支障は些細なものです」
嘘だった。『ただ世界の見え方が変わる』だけだが、価値観は天と地くらい凄まじく変動したのだから。
「そっか」
眉尻を下げた。お見通しかもしれない。
「……この肉体に生じた変化が、私だけなのかは分かりませんが」
「うん」
魔女の次男は、『魔女』とその補佐官二人に向けて呟く。
「もしそうでないなら、大変に気を付けるべきです」
魔女の次男に起きた肉体の変化が世界が変わった結果ならば、これから似た事例が山ほど出てくる。
「あの時の、伯父上の言葉を思い返すとこれを指していたのではないかと思われます」
呪猫当主は昏睡状態、となっているために詳しくは伝えない。
「薬の生成は可能ですか」
今の『魔女』は、求められた時に、求められた通りの仕事ができるのだろうか。魔女の次男は気がかりを彼らに問うた。今の状態の『魔女』はきっと3、4人で一人の役割を果たす羽目になる。
「恐らく、変わった者達は真っ先に貴方に期待を抱きます」
魔女の次男自身、身体に異常が出た今、『魔女』に相談に来ている。これが何よりの証拠だった。
「……そうだろうね」
『魔女』は、少し顔を強張らせる。それは緊張と戸惑いの感情が混ざったものだ。
「貴方こそ大丈夫ですか」
「……さぁね。やってみなくちゃ分からないよ」
縮んでしまった本当の魔女に、以前のような製薬能力があれば問題はないだろうに。
不安しかない。或いは、その伴侶さえ居れば良かった。
両親の頼もしさに頼り過ぎたのかもしれない。
「もし、必要があれば協力致しますので」
「うん。ありがとう」
サンプルの採取や提供程度なら、魔女の次男でも手伝えるだろう。
「ああ、そうだった」
要件が済み執務室を出る際、少し呼び止められる。
「きみの補佐官に見つめられたらちょっと恥ずかしいから、なるべく控えてくれると嬉しいかな」
彼女の邪眼は、細工の諸々を消し去るから気を付けろと釘を刺された。




