異化2
軍部施設に戻り、必要な手続きや連絡を終えてすぐさま軍医中将に会いに行った。世界が色々と忙しく軍部もそう暇ではないのだが、予定を合わせてくれたらしい……という体裁で、面会を許可されたのだ。
対応をしてくれたのは補佐官だった。堅い言葉遣いの、少々近寄り難い方。
医軍中将殿にとって、世界が変わってからはじめての面会、らしい。
身内だから合わせてもらえる、という甘い理由でない事ぐらい想像できた。そして、何を求められているのかも。
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目的の部屋へ向かう最中、普段より軍人の数が少ない事に気付いた。仕事に出突っ張りだとか家族に会いに行っているだけの理由なら問題はそこまで大きくない。
不幸な事故に巻き込まれたならば、困った事になる。ただでさえ国中が混乱に陥っているというのに、国民を守る軍人が使えないとなればさらに不安や混乱が大きくなってしまうだろうから。
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『魔女』の執務室へ着いた。後ろには副隊長も控えている。
扉を叩き、連絡の対応をしてくれた補佐官が扉を開いて招き入れた。
「要件を簡潔に」
促され、簡潔に「魔術的視力を調整する眼鏡を制作していただきたい」と告げる。補佐官が『他の理由はないのか』と怪訝な表情をしたが、もう一つの理由はもう少し後だ。
「眼鏡? うん。いいよ」
軍医中将、のふりをした兄がいる。その横には『魔女』の補佐官が2名、いつも通りに控えていた。
「(……表情、喋り方、動作の癖、雰囲気がほとんど同じ、か)」
本当の『魔女』と会話していると錯覚してしまう程、兄の魔女の真似は上手い。些細な動きの癖もそっくりで、流石だと思う。そこが敢えて真似しているのか偶然なのかは分からないが。
「今すぐには作れないけど、なるべく早いうちに仕上げておくね」
そうやって微笑む顔もよく似ていた。……だが。
「――喉元、冷えませんか。もう少し暖めてみるのも良いかと」
次男は微笑み掛ける。以前の『魔女』は、インナーで首から下の骨格を全て誤魔化し性別を不明瞭にしていた。だが、今の『魔女』は大まかに骨格は誤魔化せていても、喉仏が僅かに見えているし、声がやや低い。
「うん、そうだね。最近はちょっと寒いから、湿度を調整する道具や芳香剤とか置いてるんだ」
一瞬だけ動きを止めるも、そう返された。
直接の面会を許された理由。
それは、影武者の具合を評価する事だろう。
魔女の次男は『魔女』の事情を知っているし、世界が変わる前の『魔女』にもよく会っていたから。補佐官は殆ど常に共にいるので、些細な違和感に気付かない可能性もあると考えたに違いない。
『魔女』の言葉を受け、視線を動かさずに周囲を見回す。さり気なく、誤認させる魔道具や香が置かれていた。恐らく保険のためだろう。
「なるほど、対策をしていらっしゃるとは。流石、軍医中将殿です。……それとも、心配性な補佐官の方々からの助言ですか」
控える二人へ、自然と視線を向けた。補佐官の二人は共に普段と変わらない様子に見える。
「あはは、ちょっと心配性だよね。でも、それは彼らの良いところだと思う。それに、ちゃんと上手くやってるから気にしなくて良いよ」
どうやら、阻害の道具や香は補佐官の提案らしい。それと、今のところは関係は良好だと教えてくれた。
「で。本題は何かな」
『魔女』は首を傾ける。角度もそっくりだ。
しばらくしたら本当に、そっくりになるのだろうと容易に想像できた。




