儀式と覚悟
「どういう事だ、これは!」
儀式が終わった後、二番目の王弟は助言者を呼ぶ。
騒がしい城の内部の、人間の少ない特別な外れの裏道を通った。幾つかは、助言者の男が教えてくれた道だ。……何故、そのような道を知っているのだろうか。王族でもないのに。
いつもは頼まれなくとも居るくせに、どうして今現れないのだろう。
騙されたのだろうか、と嫌な予感が過ぎった。
「おい! 居ないのか!」
自身の、殆ど正しい使われ方をされた事のない執務室へ入り再度呼ぶ。すると、
「失礼。今し方戻ったばかりで御座います」
ようやく、助言者の声が聞こえた。
騙されていなかったのだと安堵し、詰ってやろうと顔を上げ
「……その髪はどうした」
その有り様に絶句する。
「嗚呼、此れですか。呪いの代償、で御座いますよ」
にたりと厭らしく目を細め、助言者は笑う。何処か、歓喜に近い感情を孕んでいるように見えた。
男は床に付くくらい非常に長い、暗い色の長髪だった筈だ。
それが、肩にも付かない長さの白髪へと変わっていたのだ。
「……代償?」
この世界では、目の色が魔力の色で、髪も体内の色素と魔力が反応して出る色だとされている。
故に、長い髪は凄まじい魔力の塊で自身の身代わりになると、魔術師や魔術を使うものは当然のように髪を伸ばしていた。
老いたとしても色が少し褪せる程度の筈。それがたった数日でそんなに短くなり、色すら無くなるとは。
「……何をした?」
睨むが、助言者は
「具体的な内容は、制約故に返答を控えさせて下さいまし」
と曖昧に微笑むだけだ。
「お前、こうなると分かって黙っていたな!」
驚きはあったものの、再び、二番目の王弟は助言者に詰め寄る。
「嘘は申しておりませぬ」
胸ぐらを掴んで引き寄せても、助言者は笑みを崩さない。
「黙れっ!」
寧ろ、『詳しく問い詰めなかったお前が悪い』とばかりに笑みを深めた。
「魔術師とはそういう者です」
その言葉に、二番目の王弟はやはりこの男を信じるべきではなかったのだと後悔が擡げる。
「——其の程度、ですか」
引き寄せられたままで、助言者は低く呟いた。
「……何」
怪訝な表情で、二番目の王弟は作り物のような顔を睨み上げる。
「貴方様の覚悟は其の程度か、と問うておるのです」
助言者が口元を歪に歪め、二番目の王弟を見下ろした。
「自己都合が為に世界の決まりを破ると決めたその傲慢さは、思いは世界が壊れた程度で喪うものだったのですか」
「……」
小さく舌打ちをし、二番目の王弟は胸ぐらを掴んでいた手を助言者を押し退けるようにして離した。
「魔術師は、自己都合の良い言葉しか述べないのです。互いにとって有益な言葉しか吐かぬ」
黙り込んだ二番目の王弟へ、助言者は助言を施す。
「解釈の仕方を変えるのです」
この期に及んで、助言者は言葉を届けようそしているらしい。顔を逸らし、助言者を視界から追いやった。
「王の器は其の程度では、務まりませぬ」
聞きたくなかったが、良く通る声はいやでも耳に入る。
「覚悟を、決めなさい」
それは真剣味を帯びた、静かな声だった。
「貴方様の夢は此れ程迄に、罪深い事であると」
強い視線に、顔を上げる。
「覚悟を決めたのなら、最後までやり遂げると」
先程とは打って変わり、演技のような胡散臭さが鳴りをひそめていた。
「貴方には力がある。やり遂げれば、貴方の願いは叶うやもしれない」
優しい、染み入るような声だった。
「何もしなければ、何も得られぬ」
後悔を含んだ、苦々しい声だった。
「行ったからには、終いまでやらねば貴方の全てが無駄になる」
諭す声だった。
「……分かった。やるしかないのだな」
あの助言者の、薄っぺらい皮の中を垣間見たような気がした。
時間も、知識も、髪も、魔力も、自分の為に削ってくれたその行為を、今度こそ信じてみようかと思える。
魔をも統べる王となろう、とその男は腹を決めた。




