儀式の開始
古く埃っぽい空気に、松明の燃える音が静かに響く。
今日はいよいよ、儀式を始める日だった。
中心にはあのいけ好かない助言者が連れて来た、人形のような青年を置いた。青年は拘束をされていないにも関わらず逃げ出す様子や抵抗する素振りすら見せない。
一体何をしたのだろうと不気味に思うも、儀式に支障が出ないなら良いとすぐに思考を止めた。
儀式の音頭を取るのは助言者ではなく、魔術使いの男だった。『もう一つ、するべき事がある』と、この場所以外の何処かへ行ったのだ。
いつも側に居る助言者の姿は無かったが、『邪魔者が居なくなって清々した』と、手下の誰かが口にする。
同意を示す者が数名おり、この中でさえも仲間が居ないらしい事を、少しだけ憐れんだ。
かく言う暁色の髪の男も儀式に対する一抹の不安は有ったものの、見張りが居なくなったかのような心地だった。
胡散臭いが、助言者には確かに実力が有るからだ。
助言者が名乗った姓名は平民や貧困層では非常にありふれたものであり、貴族の血が流れているのかと問うても『己が身はその様に高貴なものではない』と返すだけ。
ああ、そうだった。出自すら不明瞭なのか、と二番目の王弟は思い出し直す。
何故か、ふとした瞬間にその違和感を忘れてしまう。
「(それはともかく、儀式を始めなければ)」
出自の重要性など、どうでも良いだろうに。
既にもう、忘れた。
×
円形の巨大な魔術陣を床に描き、こちら側に付いた宮廷魔術師達がその周囲で用意された文言を唱える。
宮廷魔術師ではない魔術師達は、彼らの補助を行う。きっと微々たるもので必要は殆ど無いのだろうが、それを行うよう助言者が告げていた。
大きな術式を行う際、文言を唱える者達を別の魔術師達が補助する話はよく聞くのでおかしな話ではない。
文言を唱え終わると魔術陣が淡く光り、描かれたそれに魔力が通った事が分かった。
それから力が溢れて渦巻く気配があり、『生贄』が苦し気に蹲り呻く。
びくんと一際強く身体を強張らせ、胸の中心に魔術陣が現れた。封印を施したもののようだ。
カッと封印のそれが輝いた後、ほろほろと花が溢れ散るかのように魔術陣が解けていく。
きっと、これで生贄の力が解放され、世界が作り変わるはずだ。
確信を得て、最後の文言を王弟が唱えた。
×
「……これは、どういう事だ」
暁色の髪の男は、呆然とした出立ちで外を見る。
黒ミサとしか言いようのない儀式が終わった直後、何やら凄まじい音が鳴ったのだ。
唸るような咆哮のような、到底生き物が出せる音ではない怪音が。
それから、大地が揺れた。
空気の振動、破裂音、焼ける音。
世界が砕けて悲鳴を上げたような気がした。
……それが全て過ぎ去った後、二番目の王弟は世界を見る。




