予想外な出来事。
軍部上層部は慌てた。軍の上層部だけでなく、宮廷の為政者達も落ち着いていられなかった。
それは無論、突如の天変地異が主な原因だ。しかし、国内最優の魔術師だったはずの呪猫当主が何者かの手によって倒れ意識を失った事、宮廷魔術師達の半数が姿を消した事も少なからずの要因である。
何故なら、この国は宮廷魔術師等、魔術の技量の高い者が多い事が他国より優れていた点であり、そのお陰で他国から侵害されないと信用を成り立たせていたからだ。
集まれる者だけで会議が何度か行われた。だが中々意見がまとまらない。『全てが落ち着いてから決めよう』『ひとまず把握している状況で判断しよう』等、意見が割れるのだ。
「……まあ、それはともかく。どーすんですか、これ」
呆れ顔で人事中将は誰にともなく言葉を零した。だが、その言葉に反応する者は居ない。
人事中将の周囲にいるのは総司令官と魔女の次男である魔獣殲滅部隊隊長の二人だけだ。
ただ、その二人は改めてもしゃもしゃと音のする方向へ視線を向ける。
「なぁに?」
視線の集まりを感じたのか、魔女らしい幼女が顔を上げ周囲を見回した。
呑気に、幼女はもぐもぐと葉っぱを食べている。
このように、『魔女』が子供の姿にまで退行していた事も、混乱に含まれている。今のところ、魔女が縮んだことを知っているのは総司令官と人事中将、殲滅部隊隊長だけだ。魔女の三男も知っているが、ここでは省く。
「先に言っておきますが、俺はいくら友人とはいえ托卵を許可するほどお人好しじゃないですよ」
人事中将はいつものように、人好きのする笑みを浮かべたままで言った。
「ただでさえ自分達の子供以外にも、教育が必要な雛鳥とか、これでもかってぐらい抱えていますので」
そして総司令官、人事中将の視線は次男の方へ向く。
「……私が、預かるべきだと?」
まあそうなるだろうな、と内心で思いつつ次男は怪訝な表情を作った。育ての母親とは言えど、結婚している次男にも家庭の事情が有る。
「まあ、それが妥当かな。忙しい君には申し訳ないけれど」
やや困った表情で、総司令官は頷く。
「ね。このはっぱ、おいしーねぇ」
会議の場が葬式かのように少々重くなるうちに、幼女の魔女は食べていた薬草を完食したらしい。
「どこのはっぱー?」
にこにこ、無邪気な笑みを浮かべる。
「アンタの家の薬草だよ。アンタの息子達が持ってきてくれたやつ」
立場上、次男は迂闊に喋れないので、人事中将が答えた。
「すごーい、ねぇ」
「育てたのはアンタとその伴侶なんだがなぁ」
目を輝かせる魔女に、人事中将は頭を掻き呟く。
「しかし。魔獣がどう動くかも分からない今、殲滅部隊隊長殿が幼児の世話で動けないってのは間抜けというか面目が立たないかもしれませんね」
総司令官へ向き直り、人事中将は肩をすくめる。
「確か、『魔女』の息子がもう一人住んでいたはずです。宮廷錬金術の」
つまり人事中将は、魔女の三男に魔女の世話を任せようと言ったらしい。災難だろうが錬金術は主に室内で活動する上に、材料はすぐ集められるものばかりなので世話を焼く分には問題ないだろう。
「では、差し支えがなければその者に世話を頼もう」
王族でもある総司令官がそう言ったならば強制的に決定事項になるので、三男が預かり知らぬ所で処遇が決まった。
「……ところで。どこまで公開します、魔女の幼児化」
魔女の世話について決まった所で、人事中将は総司令官へ問うた。世界が不安定になった今、何がどう動くかも分からない。だから、弱みになりそうな情報は出さない方が良いと、人事中将は考えていた。
「そうだね……なるべく、混乱を避ける為にも公開は控えたいかな」
言葉を受け、総司令官はそう答える。
「……例えば影武者でも立てられたらいいのだけれど」
と、人事中将、魔女の次男へ視線を向けた。
「それと、被災地の確認もしたいね。私達は立場上、今は行けないだろうけれど」
「被災地、というと熊の……」
「いくー!」
人事中将が言い掛けた所で、魔女叫んだ。
「わたし、いくの! くまさんのとこ!」
拙い言葉で、必死に訴える。
「おっと、危ねーなぁ」
その直後、部屋を飛び出そうとしたので、咄嗟に人事中将がその襟首と下穿きを掴む。
「くまさんのとこ、ぜったいいくのー!」
吊るされながらも、魔女はいやいやと首を振って抜け出そうとする。
「……おや、意外にやる気だね?」
「…………確か、宮廷魔術師の伴侶がそこへ向かったのだとか」
抜けないよう掴みながら、人事中将は答えた。
「そうか」
頷き、
「では、魔女を彼の地へ向かわせた、という体で誰か派遣しようか」
と、総司令官は魔女に視線を向ける。




