新たなはじまり。
母親とよく似た色合いの子供は、床にへたり込んだまま被っていた白い布の裾をぎゅっと握りしめる。
白い布をよく見ると、それは衣類だった。確か、宮廷魔術師が身に纏う特別なローブだ。
「……君、名前は」
咄嗟に我に返った次男は、怖がらせないように屈んで視線を低くし、目の前の子供に声を掛ける。
「んとね……」
丸い目でこちらを見上げた子供は少し考え、舌足らずな言葉で名乗った。
母親の旧姓と幼名を。
正しくは成人名でない名を名乗った。だが、父親が稀に呼ぶ母親の呼称と同じだったから、それが幼名だと理解した。
幼名で呼んでたのかよ、と息子二人は少し頭を抱えたくなった。薄々気付いていたけど。
ともかく、余程親密でないと知らないはずの幼名を名乗る、という事は目の前の子供は魔女らしい。
「私……僕の事、分かりますか」
そして次男は、魔女が何故、わざわざ幼名と旧姓で名乗ったのか思考し、次男は記憶の状態を確かめようと問い掛ける。
「うん」
名前が当てられるか問うた所、魔女は問題なく次男の成人名を言い当てた。
「じゃあ、俺は?」
そっと近付いた三男も、側に屈んで問い掛ける。
「もちろん」
頷き、同様に三男の成人名を言い当てた。
「しってるよー」
なんできくの? と魔女は二人を見る。その後、この場には居ない長男、長女、次女の名前も覚えていると言った。
どういう事だ、と、二人が思考していると
「ふたりとも、すっごーく、おーきくなったね」
そう、魔女は立ち上がり二人を見上げる。
立ち上がった魔女の身長は、屈んだ二人よりやや小さく、頭身も低い。実際、次男と三男は平均と比べて身長が高い方だがそれを差し引いても、間違いなく小さかった。
「あれ、おうちもおっきくなった?」
ぱちくり、と瞬きをし魔女は心底不思議そうに周囲を見回す。
どこからどう見ても、魔女の姿は2、3歳児の子供だった。
今、世界で何が起こっているかは分からないが、目の前の事実の方が訳が分からない。
そして、邪気の無いその顔は、よく見れば鼻先や目元が赤い。まるで泣き腫らしたかのようだ。
「母さん、なんでそんなに小さくなったんだ」
屈んだままで、三男は困惑混じりに問い掛ける。
「なんのこと?」
首を傾げ、魔女は二人を見た。
「……とりあえず、あの人に聞いたら何か分かるかな」
次男は立ち上がって連絡機を取り出し、父親へと連絡を取ろうとする。
「…………ん?」
「どうしたの。通信状況が悪いとか?」
柳眉をひそめた次男を、三男は見上げた。
「違う。通信は出来る筈だが、繋がらない」
通信が届かない場所にでも居るのだろうか、と思考する。
そして、直後に軍部全体に知らされた、宮廷魔術師が行方不明になった話を思い出す。
「……」
「ね、『あのひと』ってだぁれ?」
くい、と三男の服を引っ張り、魔女は問い掛けた。
「父さんの事だよ」
答え、三男は養子である次男が魔女と悪魔の二人を父母と呼ぶ事をやや照れているのだと教える。
「?」
だが、魔女は首を傾げたままだ。
「……母さんの、伴侶だよ。結婚相手で、」
父親への連絡を諦め、次男は魔女の元へ行くよう指示した人事中将へと連絡を取り始める。三男へ『余計な事言ったな』と思いながら。
「はんりょ?」
魔女は更に不思議そうな顔をする。
「…………」
何かがおかしい、と次男と三男は互いに目配せをした。
「母さん。成人名は?」
三男はひとまず問う。成人しているならば、絶対に覚えているはずの名前を。
「……わかんない」
おしえてもらったとおもうんだけど、と首を傾げる。
「結婚後の、苗字は」
小さく細い右腕に着けられた、ぶかぶかの結婚腕輪を指し示してみた。普通とは違い、名前など刻まれていない装飾と呪いだけのシンプルな腕輪を。
「わかんない」
ふるふる、と魔女は首を振る。何やら本当に奇怪しな事が起こっているらしい。
「父さんの……ええと。母さんの、伴侶の名前は」
今までに出なかった人物の名を、三男は恐る恐る問うた。
「…………わかんない」
疑いが、確信へと変わる。
「だれ、だっけ」
魔女は今にも泣き出しそうな顔だ。
「わすれちゃった」
魔女はぽろぽろと涙を零す。
「だいじなひとなのに、わすれちゃった」
次男→養父母の事を尊敬しているがそう呼ぶのがやや恥ずかしいらしく、少々抽象的に呼ぶ。
三男→やや反抗期(?)っぽいものが入って兄ちゃん姉ちゃん呼びを兄貴姉貴に変えているが、変えたのは最近なので時折戻る。
両親は父さん母さんと呼ぶ。
序でに。魔女の腕には二つばかり揃いの腕輪が増えているけど描写はしてない。




